信じられない一言が返ってきた。


私が勉強してるところを? うそ!?


「ど、どど、どうして? 見ててもつまんないよ?」

「共有してぇんだろ?」

「へ……」


共有?


来栖くんは頬杖をつきながら、切れ長の瞳を三日月のように細くした。いつもは固くつぐんだ口元が、どういうわけか緩んでいる。


笑ってるわけじゃない。でもまるで楽しんでいるみたい。


「お前が言ったんだろ。好きなことは共有してえって」


言っ…た。言ったけど、共有って、こういうこと!?


空間を共有するって!?


「ちち違う違う! 確かに共有したいとは言ったけど、こういう感じの共有の仕方じゃなくてっ、一緒に勉強したいっていうそういう意味だよ!」

「…俺もやんの?」

「そういうこと!」

「やるわけねぇだろ、めんどくせえ」

「ぐっ…」


そんなはっきり言わなくても!


「世界史、嫌い?」

「興味ない」


興味ない、か…。うーん。


「あの……世界最古の文明の、シュメール文明ってあるよね。実はその文明、地球外から侵入した宇宙人が発展させたんじゃないかって説があるんだよ。知ってた?」

「知るかよ…急になに?」

「来栖くんが世界史興味ないっていうから…その、」


どうにか興味を引く話題をさがしてみた。


けど全く伝わらなかったらしい。むしろどん引きされた気がする。今のはちょっとオカルトチックすぎたか…。


やっぱり興味ないものはやる気もしないよね。押しつけがましい奴とは思われたくないし、もう一緒にやろうなんて言わない。


反省しつつ、それでも少し寂しく思いながら、私はしょんぼりとなった。


「……………」


はあ、と、来栖くんがため息をつく。


呆れたのか、うんざりしたのか、いずれにしても私に対してついたため息だと思った。肩身が狭い。


来栖くんはまた私の教科書を手に取った。


組んだ足の上でページをめくりながら、伸びてきた片方の指先がトントンとプリントを叩いた。


「…え?」


きょとん、と示されたプリントと来栖くんを交互に見る。


「ヒントだけ出してやる」


それって。


「…一緒に、やってくれるの?」


彼は教科書に目を落としたまま、「どうせ暇だし」とぶっきらぼうに言った。


こっちを見ようとしない。


なんだかむすっとしたような横顔。


怒ってる? ううん、これは怒ってるっていうより……照れ隠し…? のような。


え。あれ。なんか、なんだろう、この気持ち。


顔の筋肉がへんだ。


「…ふっ」

「おい」


すぐさま鋭い視線と低い声がとんでくる。


「ふ、ふふっ、あはははっ!」


抑えられなくなって、私は声をあげて笑ってしまう。


私の笑いが大きくなるのと反比例するように、来栖くんのむすっとした顔がさらに不機嫌になっていった。


なんだ。


来栖くんって、ほんとはこんな人だったんだ。


いつも不機嫌そうだったり退屈そうだったり、曇った顔ばかりしていたのに。


一緒に勉強してくれるなんて…ううん、それだけじゃない。さっきは男の子たちから助けてくれて、頼まれた仕事も手伝ってくれた。昨日だってそう。


もしかして来栖くんって、ちょっと意固地なだけで、本当は優しい人なのかも。


「おい、笑ってねえで早く解けよ、ここ」


トントンとさっきよりも強く彼がプリントを叩く。


「あっ、うん! えぇと…」


不機嫌なのに、やっぱりちゃんと付き合ってくれるのにもまた頬が緩む。気づかれないように私は俯いて、急いで問題文の空欄に答えをかいた。


「違う」

「えっ、うそ!?」

「消せ。もう一回」

「ひ、ヒントください」

「自分で考えろよ、こんくらい」

「そんな、さっきヒントは出してやるって言ってたのに!」


来栖くんは私をみて、僅かに口の端を上げて、笑った。


「…そう簡単に出してやるかっつーの」

「!」


ずっと気になっていた彼の笑う顔。


悪魔の…微笑み。


私のことをからかって面白がっているかのような、意地悪で…楽しそうな笑顔。


はじめてちゃんと彼の笑顔が見れたのに、その笑顔がこんなに悪戯っぽくて皮肉な笑みだなんて。


なんか、納得いかない!


「来栖くんって…優しいのか意地悪なのかわからない」

「んだよ、ちゃんとつき合ってやってんだろ?」


来栖くんは不満げにそう言った。


「うーん、これって共有…なのかな…」


なんかただの先生と生徒の図のような…。来栖くんと勉強してるってだけですごいことだけど。


やっぱり誰かがいてくれると、それだけで気持ちは上がる。1人っきりでやっていても、集中はできるけど物寂しさもあって味気ない。


来栖くんも少しは楽しいって思ってくれたら嬉しいんだけど…。


私は目線を上げて彼を見る。


伏せられた目の色はわからなくて、教科書を眺めている横顔は無表情。


楽しそうには…見えない。


感情が表に出ない来栖くんに不安になる。今彼がどんな気持ちで私につき合ってくれているのか、掴めないのがすごく不安。


せっかく一緒に勉強してくれるのに、来栖くんにとって迷惑なだけなのでは何も意味がない。好きなことを共有するって、お互いが楽しいと思えてはじめて成り立つものなのに。


不安を紛らわすように、私はプリントの問題に意識を集中させた。


こうなったら、ヒントなしで全部正解してやる……!!


それで、終わったら今度は私から来栖くんに問題を出すんだ。そしたらきっと今よりは共有してる感じが出てくると思う!


私はシャープペンを一度置き、両手で自分の頬をパチンッ!と挟んだ。


「うッ」


自分でやって自分で痛がってちゃ世話ない。


だけどこれは気持ちを入れ替えるため。


来栖くんが顔を上げて目を丸くした。


「…なにしてんの?」

「気合入れなおしたの」

「……………………」


「今から本気出すから」と真剣にそう言って、私はペンを持ち直し、プリントの空欄をどんどん埋めていく。


必死に頭をひねらせている傍らで、吐息のように小さな笑いが聞こえたのは、きっと気のせいだったと思う。