「い、い、いきなりなんでそんなこと聞くの!?」


自分の一言でむせさせたことは詫びなかったけど、彼女は代わりにティッシュを手渡してくれる。


「だって今日やけに後ろの方気にしてるでしょ。反応する時も来栖礼央が呼ばれてる時か一言喋った時に限ってる。今までそんなにあいつを気にしたことなかったのにさ」


鋭い。全然見られてる気しなかったのに。


「私、そんなに見てたかな…?」


意識してなかっただけに恥ずかしい。


雅ちゃんの綺麗な形の目がジトリと半目になった。


「かなりね。意識しまくりって感じ。やっぱりなんかあったんだ?」

「べつに大したことはなくて……」

「もしかして、告られた?」

「!!?」


なんちゅうことを言い出すんだこの子は!


私はあわてて後ろを振り返る。


教室の奥の窓際にいつもように座っている来栖くんは、首をもたげてコクンコクンと船をこいでいる。


ほっとして、それから非難を込めて雅ちゃんを睨む。


「雅ちゃん、声大きいってば! 聞こえたらどうするのっ」

「そんな聞こえるほどでかい声出してないよ。ていうか、違うの? 結構いいセンいってると思ったのに」

「あ、あのね、だいたい私、昨日まで来栖くんと話したこともなかったんだよ? なんでそんな予想できちゃうの」

「へぇ、話せたんだ、昨日あいつと」

「…!?」

「今自分で言ったじゃん。間接的に」

「…………」


しまった、まんまと誘導にのせられた。


雅ちゃんはにやりと口の端を上げて笑う。この悪戯っぽい笑顔のときは、面白がってる証拠だ…。


「…成り行きで、そうなっただけなの。鮫島先生に頼まれて、たまたま残ってた2人で雑用をやることになって」

「来栖も残ってたの? なんで?」

「えっと…それは、私もよくわかんないんだ」


目撃した有須さんとの件は内緒にしておこう…。


それより、なんで来栖くんは残ってたんだっけ?


有須さんと約束してた……わけないよね、有須さんも偶然見つけたって言っていたし。


ただの気まぐれかな…。気まぐれだけで学校に残ったりなんかする? 来栖くんならすぐ帰ってしまいそうだけどな。


「それで? 雑用しただけ?」


珍しく雅ちゃんはこの話が興味深いらしい。


好奇心に光る目が私に先を促してくる。


「えっと、ちょっとだけ話した…かな」

「会話成立した?」

「う、うん、一応。あのね、来栖くんって本当はちゃんと話せる人だと思うの。言葉は乱暴なんだけど、私が話してた時は完全に無視って感じじゃなかったし、一言だけど返事も返してくれたんだ」

「どうだろうね、あれは人を選びそうな気がするな」


雅ちゃんはいまいち現実味がわいてこないようだった。


「雑用ったって黙ってやれるもんでしょ? 話さなくていいなら話さないと思うけどね。そもそも来栖が頼まれたことを素直にやったこと自体、あたしには信じられないよ」


……改めて言われるとそうだ。


今まで来栖くんが人に頼まれて素直に従ったことなんてあったっけ?


うん、なかったよね。見たことないや。もしあったら、それ一つでだいぶスクープものだ。


私、なんで来栖くんと会話できてたんだ…?


露骨に嫌そうには見えなかった…と思ってたのは私だけで、実は内心やっぱりめんどくさがられてたのかな…?


だけどプリントの仕分けは最後まで手伝ってくれた。めんどくさがって途中で投げ出して帰ってもよさそうなのに。


私はもう一度肩越しに後ろを振り返る。


寝ている来栖くん。


今日は一回も来栖くんの声を聞いていない。


昨日話したからって、今日も話す機会があるわけじゃなくて。


彼といえば学校に来てからは退屈そうに窓の外をぼうっと見ているか、今みたいに首をもたげて船を漕いでいるしか行動のバリエーションがない。


昨日のことは本当に稀で、もしかしたらもう話すこともないのかもしれない。


小さくため息をつき、私は肩を落とす。残念な気持ちになっている自分に気づき、驚いた。


休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


雅ちゃんはスマホを胸ポケットにすとんとしまう。


「まあ、とにかく、今日の蒼佳の態度の謎がわかってすっきりしたよ。あいつと会話できたってのは面白い話だった。またなんかあったら聞かせてよ」

「う、うん。でも、たぶんもうそんな機会来ないんじゃないかな…。昨日はたまたま話せただけだったし」


私は自信なくそういうと、雅ちゃんは否定も肯定もせず、美人顔を意味深に笑わせて前を向いてしまった。