「金色の…ちひさき鳥のかたちして、銀杏ちるなり、夕日の岡に……」


放課後、誰もいない廊下。


教科書の和歌を詠みながら、私は廊下におちる夕日を踏んで歩く。


窓の外から聞こえる微かな人の声。遠くで自動車が走る音。


静かだ。


この学校には、たとえテスト前だろうが追試前だろうが、放課後居残りで勉強をする生徒なんてまずいない。


理由はひどく単純で、最初から勉強などする気がない生徒が多いからだ。


俗にいう”不良校”。


見た目も中身も治安の悪いこの高校の生徒は、授業なんてまともに聞かないし、好んで勉強するものもいない。


いくら先生が小テストのプリントを生徒に掲げ、


「これを丸暗記すればノー勉でも8割は取れるようにしてやるから、絶対に覚えろよ。いいか、絶対だぞ。お願いだからな」


と半分涙目で必死に教卓の前で叫んだとしても、赤点を免れる人間は半数も満たない。


どうにか生徒に点を取らせようと試行錯誤してはことどとく失敗している先生たちの姿を目の当たりにすると、さすがに同情を禁じ得なかった。


正直に言うと、この学校のテストは難しいとは言い難い。


ノー勉で挑んでも赤点になることはそうない(はずの)レベルだ。


それでも私は放課後残って勉強する。


これはもう癖みたいなものだ。


中学で強制的に習慣化された、テスト直前は教室か図書室で日が暮れるまで勉強。それが高校生になっても抜け切らないだけ。


高校になると、テスト前は午前中で授業が終わるから、きっと中学時代の意識そのままの私だったらお昼から夕方までぶっ通しで勉強していたと思う。それが当たり前だったから。


だけど、どういうわけか。


この高校に来てから、私が思う「当たり前」はほぼ通用しなくなっている。


こんな陽が傾いた夕方まで学校に残っている生徒なんて、この学校にはおそらく私以外にいないだろう…。


本来なら全く来る予定の無かった不良校。


入試の際、第一志望だった高校にまさかの不合格を食らってしまったおかげで、私の進路設計は大きく崩れた。


「そこしか選択肢はない」と自分にプレッシャーをかけるため滑り止めも受けていなかった。だから保険もない。


路頭に迷い、かろうじて追試験が残っていたこの高校を仕方なく受けるしかなかったというわけである。


第一志望に落ちたときの絶望感たるや、今思い返しても悲惨だ。


死にたい。そう思ったくらいに私はどん底まで落ち込んで、お父さんやお母さんに大声で泣きながら謝罪し、ショックのあまり卒業式は欠席した。


「受験に落ちたくらいでなにをそんな…」と思ったそこのあなた!


私もそう思います。


ほんと、高校なんてごまんとあるしその中の1つに落ちただけで絶望してちゃぁ……なんて今だからこそ思えるけど、あの頃の私には志望校に合格することが人生の全てだった。


でも結果的に私は落ちて、すこぶる近所の評判が悪いこの不良高校にやってきた。


この学校にいると、勉強しているほうが頭がおかしいというような気にさせられる。


入学したばかりの頃はそんな空気が信じられなくて、受験に落ちた挫折からも立ち直れていなくて、なんか生きてることさえどうでもよくなったりして…。


ってこんなこと言ってると、そのまま廃人化して引きこもりになって、挙げ句の果てに自己嫌悪に耐えられなくなった末自らの命を………!?


なんてそんな結末を想像されてしまうかもしれないけど、そんなことはない。


このとおりしっかりと生きている。


だけど実際精神がぎりぎりのところまでいってしまったのは否めない。


さっきの悲惨な結末も冗談では終わらなかった可能性もあった。


それが、高校生になって1ヶ月が過ぎた頃。


ある日、急に憑き物が落ちたようにストンと解放された気分になった。