「京ノ介は恋とかしたことあるの?」

唐突すぎた質問に彼は一瞬、黙った。

「私も齡30は多分、越えておるぞ」

くすくす笑って有耶無耶にしてくる。

「どんな風に好きになったの?
どんな人を好きになったの?」

「…来世で護ると誓った」

「来世?」

「過ちをした」

彼は壁から剥がれるように畳に倒れこんだ。


「過ちって」

「許嫁のある娘をその…」

ちらりと濁して僕を見たがまるで感づいていない様子を汲んだように続けた。

「私も弱かったんだ。自分の生き方に自信がなかった。ずっと、誰かに止めてほしかった。そんなときに現れたのが美雪だ」




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滔々と降る雪の日だった。

「ここまで来れば追ってもこまい」

カタ…


「どうぞ」

カチッ…


無意識に体が鞘を押し上げた。

「使ってくださいまし、濡れたままでは手が荒れてしまいますわ。先程から何れ程、洗っておられますの」

先程?
気配にまったく気づかないのは忍びか。

「貴様は何奴」

「美雪と申します。そこの旅籠の娘です。お侍さま、これを」

娘は手拭いを鐔を掴む甲において言葉通りに向かいの旅籠の勝手口を押して入っていった。

翌日、更に翌日。
美雪は必ず手拭いを差し出してきた。

「どうぞ」

「……」

「汚れ、落ちないんですか」

「拭ってもぬぐっても、落ちやんのです。あんたも商売がら分かるだろう。もう、来やんでくれ。俺に関わらん方がよい」

「やっと本音が出た。でも、嘘つき」

眉間を寄せると彼女はくすくす笑って謝ってきた。

「お里言葉じゃないわ。何処の方」


俺たちはこうして昼間、頻繁に会うようになった。
不思議なもので美雪には何でも話せた。口減らしに奉公に出されてたこと。
奉公先から逃げ出して掏りまがいなことを仕込まれていたこと。
等々。
子供も頃の話、今に至る話など尽きない。また、京ノ介は唯一 自分でいられるこの時間が好きだった。

「拭ってもぬぐっても生き血の生臭い臭いが刃にも手にも居場所を見つけたように離れない」

「私と逃げよう、風馬さん。私、風馬さんと一緒に生きる」

「美雪」

寺の観音堂で身を寄せ合い、綾のときを過ごした。


トントンっ。

長屋にひっそり暮らす京ノ介のもとに品の良い女性とその付き添いに美雪とおなじほどの齡の娘を連れて現れた。