どぎまぎしてる自分に気づきながらも、なかなか冷静さを取り戻せずにいた。


こんなのコンシェルジュ失格だよ。


腕を掴んだまま、工藤様が私に近づいて小さな声で囁いた。


「君に……お願いがあるんだ」


眼鏡の中の瞳が、ずっと私を捉えて離さない。


勝手に心臓がドキドキし出した。


「ど、どんなお願い……でしょうか?」


「松下さんに、いろいろ聞きたい」


「な、何を……でしょうか?」


「……全部」


全部……って、何?


工藤様、距離、ち、近いよ……


それから、何秒くらい経ったかな?


工藤様は私からゆっくり離れて、こう言った。


「次回作。ホテルを舞台にしたミステリーを書こうと思ってて……松下さんから、ホテルのこと……いろいろ聞きたいなって」


あ……ホテルのこと……


それを聞いて、ちょっと拍子抜けしたような、ホッとしたような、変な感情になってしまった。