「いいよ⋯⋯あげるよ。こんなんでいいなら⋯⋯富丘くんに、ぜんぶあげる」


どうせ投げようとした命。

あなたが、必要としてくれるなら、望むなら。

ぜんぶ、ぜんぶ、あげる。


そう告げた途端、彼は目をパチクリして、ぷるぷると唇を震わせている。


自分で言ったのに、信じられないみたい。


それを証明するかのように、彼の両肩に手を置いた私は、自らそれに口づけた。


顔が近づくと、サラサラの髪から覗く煌めく瞳が閉じて

とても柔らかな唇と触れ合う。


二、三回啄まれると、すぐに主導権は奪われて、タバコの香りがする苦い舌が忍び込んできた。

最初は口内を遠慮がちに這い回って、しだいに固まる私の舌を誘い出すように滑らかに縦断する。

ヒロキとのキスは、行為のための前戯のようなものだったけど、富丘くんのキスは、唇から『気持ち』が流れ込んで来るような痺れるようなものだった。

その口づけに熱が帯びはじめたころ、彼は一度顔を離し、ヨレヨレになっていた私のスーツの上着を脱がせ、ひょいと膝裏に腕を差し込み私を抱き上げた。


「ごめん⋯⋯」


訳のわからない謝罪と、突如高くなった視界。

バランスを崩した私は「なに⋯⋯?」と、首に抱きついて覗き込むと


「あの男の記憶を消したい。だから今から一回だけ、抱かせて⋯⋯。それからは、君が僕を好きになってくれるまで、待つから――」


いつも無を刻むアーモンド型の瞳は、私だけを写し、熱を宿したように煌めいていた。