「どうぞ」

「ありがとう」


テーブルの前で膝を抱えていたら、マグカップがふたつ並び、背後のソファに富丘くんがドサっと座った。

肩の横に、すらりと長い脚がやってきて、少しだけドキっとしてしまった。

まさか10年間、ただの同期だった彼とこんな時間を過ごすだなんて思わなかったし

仕事上での関わりしかない私たちが、こんなに近づくことなんてなかった。


しばらく、二人とも口を開くでもなく、コーヒーを飲むわけでもなく、何も話さないまま時間が過ぎていった。

コーヒーの湯気をひたすら見つめて、それがほわっと消えゆく姿を、なんとなく視界に入れて。

そして、無意識に脳内でスクロールさせた今日の出来事に息を止めていると

ようやく富丘くんが口を開く。


「⋯⋯力にずくで連れてきてごめん。何があったのかは聞かないけど――」


背中からひしひしと感じる視線を、気づかないフリをした。


「――居場所がないなら、ここにいればいいから⋯⋯だから、もうあんなことをするのは⋯⋯やめてほしい」


富丘くんの押し堪えるような苦しそうな声に、かすかに残っていた自分を奮い立たせていたモノが、ガラガラと音を立てて崩れてゆくのがわかった。


今、彼を苦しめているのは私なんだろうか。

そもそも、なんで彼はこんなに苦しそうなんだろう。


おそらく「聞かないけど」と言いつつも、同僚であり、ヒロキとのことも知ってる富丘くんであれば、全てに察しがついているはず。