「母上が死んだあの日と同じ満月の日に、儂は人を殺した。そう思うと、どうも今晩は余計に眠れなくて」
「そうだったんですね…」
「すまぬな。こんなしけた話をして」
「いえ、全然……」
「…では、気分転換にお主の話を聞かせてくれ。戦のことを忘れるためにも」
伊江宗さんはそう言うと、私の顔をじっと見つめた。
「何を話しましょうか」
「なんでもいい。家族のこと、未来のこと、なんでも」
「家族…は、普通だよ。普通の家」
今までこの信じられない状況についていくのに必死で忘れていた現実を伊江宗さんの言葉で思い出し、途端に胸が重くなる。
毎日うるさいほど聞いている怒鳴り声、口喧嘩。
何も持っていない自分の惨めさ。
楽しいことなんて起こらない平凡すぎる日常。
嫌気が差して、毎日死んでしまいたかった。
ここよりは平和だけど、よくよく考えれば、戻りたいなんて思えないような現実だ。


