「いや、むしろ嫌いだな。…特に、今晩のような満月は」
「えっ、なんで?」
未来に月があって良かったなんて言ったくせに、嫌いと言う意味が分からない。
思わずそう問うと、伊江宗さんは依然として月を見つめたまま、静かに話し始めた。
「…母が、亡くなった夜に似ているのだ」
「お母さんが…?」
少し悲しげに瞳を揺らした伊江宗さんは、「そうだ」と頷いた。
「母が亡くなったのは九年前の、今夜のような満月の晩だった。重い病気でな」
「そうだったんですね……」
「亡くなって動かなくなった母の姿は、幼子だった儂にとって、とても見れたものじゃなかった。情けないが、怖くて悲しくてな。父上や佐江宗のいる部屋を出て、一人でここから月を眺めたのじゃ」
私の方は一切向かず月を眺めている伊江宗さんは今、何を考えているのだろう。
寂しそうなその目は、お母さんが亡くなった時のことを思い出しているのだろうか。


