「おーい、上条?」
西河に距離を詰められて、思わずジリッと一歩後退する。
「だ、大丈夫だよ……」
頭の中が昨日からずっとぐちゃぐちゃで混乱してる。
でもせめて今だけはやり過ごさなきゃ。
「そうか? 無理すんなよ? あ、今から穂波と昼飯なんだけど上条も一緒にどう? 穂波がゆっくり話したいって言ってたし、久しぶりにさ」
いつの間に『穂波』なんて、名前で呼ぶようになったの。
それすらも苦しいよ。
「……っ」
ふわっと風に乗ってきた爽やかな柔軟剤の香りが鼻につき、こらえていた涙がこぼれ落ちそうになる。
なにか言うと泣いてしまいそう。
早く断らなきゃ。そう思うのに声が出ない。
「悪いけどさ、昼は俺と約束してるんだよね」
後ろからそんな声がした。
控えめに振り返ると、そこには無表情の高瀬がいた。
なんで……。
「行こっか、たまちゃん」
高瀬は短くそう言うとわたしの手首をつかんだ。
有無を言わさず引っ張られ、階段をのぼらされる。
困惑する西河を置いて、うつむきながら力が入らなくなった足を動かした。
そして連れてこられたのは屋上。
ギィッといびつな音を立てながら重い扉が開くと、目の前には青空が広がった。



