私だって、普段なら飛び上がって喜ぶところだ。

だけど、さっきの近藤さんの話が頭の中に重くのしかかってそんな気持ちにはなれない。

「今からTUTA書房に行ってきます!」

坂東さんはバッグを肩にかけると、急ぎ足でフロアを抜けていった。

本当だったら、私も一緒に見にいきたい。

どれほどの売り上げで、どんな人が手に取ってくれているのか。

直に見る機会はとても刺激になるってこともわかってる。

大きく息を吐いて椅子にもたれた時、ふと、編集長の席が空いていることに気づく。

川西さんが戻ってきてるってことは打ち合わせは終わってるはずだと思うんだけど。

「編集長は?」

私は原稿チェックしている川西さんに尋ねる。

川西さんは顔を上げ老眼を外すと「急だったんだが、N新聞社に出張に行ったよ」と答えた。

「N新聞社?」

さっき電話があったことと何か関係しているのだろうか?

本当は聞きたかったけれど、変に詮索するのもよくないと思いそのまま口をつぐんだ。

N新聞社は何の電話だったんだろう。

さっきの太東出版と何か関係があるなんてことはないよね。

私と礼さんとの関係が、実は業界で既に蔓延してるなんてことは。

それはいくらなんでも考えすぎか。

礼さんはきっとこういう事態を恐れて、今までマスコミを寄せ付けなかったんだ。

何が自分の足元をすくうかわからない恐怖。

名前を出し自分が発信することで救われる人もいれば、その足元をすくおうとする人間もいるんだってこと。

だけど……。