大して負荷はかかっていないのに、変な動悸に焦ったせいか息が荒くなる。

都はああ見えて気を使う奴だから、あまり息を荒くしたら自分のせいだと思うに違いない。

あともう少し。
自分を奮い立たせ一気にその道を渡りきった。

彼女を下ろすとほぼ同時に大粒の雨が空から降ってくる。

空全体が真っ黒な雲に覆われ、しばらく止みそうもない。

都も相当に疲れている様子だったから、思わず彼女の手を掴み、雨宿りのできそうな岩の窪み目掛けて急いだ。

その手はとても小さくて、冷え切っている。

山は夕刻に連れて一気に気温が下がっていくものだ。

この雨に濡れた体ではますます体温を奪われてしまう。体調を崩すなんてことになったら、都を派遣させた編集部のメンバーにも申し訳が立たない。

それ以上に、彼女に辛い思いをさせたくはなかった。

岩の窪みは思っていたよりも広く、十分に雨宿りはできたが、中は湿気が多くひんやりとしている。

都は、とにかく甘えるのが下手な奴だ。唇は紫色になり体は小刻みに震えているのに、何も言わずじっと一人で耐えていた。

何度となく一人で堪えている姿を見て来たが、その度に俺の本能に揺さぶりをかける。

甘えるのが下手というより、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを常に嫌がる。

それは俺も同じだったが、だからこそ彼女には俺の前でそんな気を使わせたくはない。

俺はできるだけさりげなく自分の上着を彼女の肩にかけ自分の体に引き寄せた。

震える体はとても冷たかったが、俺の体温で少しはましになるだろうか。

彼女にそっと視線を向けると、都も俺の方に顔を向けた。

張り付いた彼女の前髪から雨水がしたたり落ちる。

猫のような大きな瞳がまっすぐに俺を見つめていた。

一人じゃ何もできないくせに一人で何とかしようと必死にもがく。かつての俺みたいに。

もういいんじゃないか?

俺が何とかしてやる。

俺がお前を守ってやるから、そんな情けない顔で俺を見るな。

「都」

一瞬これが現実には思えなかった。

激しい雨音が頭上の岩に打ち付ける音を聞きながら、俺は今日最大の後悔をすることになる。