「いやいや、ねぇ?都ちゃん?」

「え?」

突然渡辺さんに振られて返事に戸惑っていると、彼に「咲さんに何言ったんだ?」とあきれた顔でため息をつかれた。

もう!渡辺さん!!

これからせっかく仕切り直しだっていうのに、余計なこと言わないで!

「まぁ、いい。忙しい時に世話になったな。咲さんによろしく」

そう言うと、彼は待っているタクシーに乗車する。

ようやく二人きり……いやいや、とうとう二人だ。

ここからが正真正銘、私が試される時間が始まるわけで。

渡辺さんと誠くんに頭を下げると、大きく深呼吸して彼の横に乗りこんだ。

タクシーは手を振る渡辺さんと誠くんから次第に遠ざかっていく。

完全に見えなくなってしまったらしまったで、妙に空虚な気持ちになった。

たった一日だけの渡辺家の滞在だったというのに、もう長い間そこで暮らしていたような気持ち。

それは、錦小路社長との出会いと似ていると感じる。

彼とも出会ってからたったの三日だとは思えないほど、もっと長い時間を共に過ごしているような感覚だったから。

彼は私に対してどう思ってるんだろう。私と同じように感じているだろうか。

出会ってからの日数は少ないけれど、ずっと二人で過ごしていると時間の感覚が鈍るものなのかしら。

車は高原を抜け、次第に街に入って行く。

彼は時計に目をやると、大事な商談があるから一度ホテルに戻りシャワーを浴びてくると言った。

そういえば、ホテルに荷物を置いたまま渡辺さんの家で一泊しちゃったんだものね。

私もシャワー浴びたい。

汗臭くないかな。

ふと、彼の家を出てから着替えもシャワーもしていない自分が彼の隣に座っていることに落ち着かなくなる。