「…お気遣い頂いて有難いのですが、支配人には支配人の仕事があるのではないですか?お荷物になるなら、私…辞めます。辞めたら元の…」

『元のホテルに戻りたい』と言うつもりだったが、最後まで言えずに言葉が遮られた。

「お前に辞めると言う権利はない。何故なら、系列ホテルにヘルプ要請をした私のメンツも潰れるからだ。私がお前ごときを一人囲ったぐらいで他の仕事が疎かになるなど、あるハズがない」

椅子の背もたれに仰け反りながら言い切る支配人は、自信に満ち溢れている。

支配人が私の目を真っ直ぐに見て、目が反らせなくなった。

「俺がお前を一人前のサービススタッフにしてやるよ。だから、お前は…黙って、俺に所有されていれば良い。分かったか?」

「……はい」

俺?先程までは敬称が"私"だったのに。

まだ私を見ながら話しているので、恥ずかしくなり、身体が固まる。

唇を少しだけ噛んで、返事をした。

『所有されていれば良い』という言葉が仕事上の事だと理解はしているが、ザワザワと心の中を掻き乱した。

三月に入社して一ヶ月と少しが過ぎた今、今日一日で支配人に心が奪われて行った気がする。

冷酷、鬼軍曹、…数々の異名を持つ裏側の顔はお客様に誠実で社員思いの優しい支配人なのかもしれないと思った。

「一ヶ月間だけ、面倒見てやる。ピークのゴールデンウィークが無事に乗り切れて一人立ち出来ると判断したら好きな部署に配属してやる。出来なかったら…その時は、

クビだな。

まぁ、俺が付いていて満足に仕事をこなせないなら、よっぽどお前がポンコツと言う事だな」

ニヤリと笑って流し目で断言する辺り、鬼畜な冷酷鬼軍曹です。

からかっているとしか思えません。

前言撤回、心が奪われそうになったのは気の迷いだったみたいです───……