#再婚#
豊と離婚をして、1年後。
私と社長は観覧車の中から夜景を眺めていた。
「ゆう…今日は豊さんと離婚して丁度1年だね。そんな日にこんな事言うのは無神経かもしれないけど…そろそろ俺の嫁になってほしい。ゆうの全てを愛してる。俺と結婚してくれませんか?」
それは待ちに待った言葉。
「…私も、龍の全てを愛しています。だけど私、両親を紹介できない…」
全てを把握している社長は、俯いている私の頬に両手を添える。
「誰かに捨てられた花でも、誰かに踏みつけられた花でも“花は花”ただ自分が美しいと思ったものを信じればいいんだよ。で…返事は?」
「はい!もちろん、よろしくお願いします」
愛の翼に包まれ、涙ぐむような愛おしさが胸に迫る。
同じ景色を見たい。同じ季節を過ごしたい。
一緒に生きたいと思えた人。
自分が選んだ人に後悔したくない。自分が選んだ道に後悔したくない。
欲張りな私は大切な人を傷付け、自分だけの幸せの道を選んでしまいました。
神様…私以上の幸せを豊に与えてあげてください。
私の一番の願いです。
社長と再婚したものの、豊に対しての罪悪感が残りしばらくは昔のラブラブだった頃のようには上手く社長に心を開けなかった。
「ゆう…無理に笑わなくてもいいんだよ。ゆうの気持ちにこれからもずっと寄り添っていきたいから、俺の前では素直なままでいて」
「…ごめんなさい」
「俺に謝るようなことしたの?してないでしょう?ゆうがそんな顔してたら豊さんも悲しむぞ…」
私の瞳からは汗みたいに涙がぽろぽろとひとりでにこぼれ落ちる。
そんな私を見かねて、どんなに忙しくても接待以外は毎日帰ってきてくれ、わがままを言っても怒ることもない。
全力で私に寄り添ってくれている社長が愛おしくて、愛おしくて…
お互いの事を仕事でも私生活でも支えられるのは“俺たち2人だけ”と社長と誓い合った。
私と別れていた期間、社長は彼女作らず遊びさえもなかったらしい。
それは本人から聞いたわけではなく、唯一私たちの関係を全て知っていた社長の友人から聞いた話。
私の前では平然を装っていた社長が心から愛しい。
なぜ女性社員からのアプローチをわざわざ私から断らせたのかも今になっては分かる気がする。
「私がまた不倫したらどうする?」
「なに?まぁ、その時になってみないと分からないけど1つ言えるのは、ゆうの元旦那さんみたいに自分から身を引くことは出来ないかな。どんなゆうでも受け入れてこの先他の男に目移りする暇がないくらい幸せにしたいからな」
真剣なあなたの言葉には心打たれました。
それなら私も同じように、どんなあなたも受け入れてあなたを絶対離したりしません。
あなたと出逢っていなければ間違いなく今の私はいません。
人の心を動かす力のあるあなたと出逢ったからこ水商売から足を洗うことができ、立派なお仕事にも導いてくれ、社会の厳しさも学ぶことが出来ました。
あなたと別れていた期間どれだけ寂しかったことか。
計り知れないほどの喪失感を味わいました。
旦那の豊を失いたくないという気持ちから社長との別れを決断したのに、結果的には社長を選んだ私。
それが正解だったのかは誰にも分からない。
いろんな人から批判を受け、旦那と離婚して社長と再婚した私を、
“お金目当て”“汚らわしい”“欲望の女”などと卑猥な言葉を浴びさせられることも沢山あった。
人の意見は大切だけれど、自分で決めることのできない感情などいらない。
常に決断は自分にあるのだから。
それが人を好きになる覚悟でしょう。
耐えて耐えて耐えまくった。
そう思われて当然の事だから。
逆の立場なら私も同じことを思うかもしれない。
それが世間体なのだから。
なぜ社長を選んだのかと聞かれれば、迷うことなくこう言う。
“私の人生を大きく変えてくれた恩人だからです”と。
誰かに背中を押してもらいたいとき、誰かに縋りたいとき、誰かにそばにいてほしいとき、自分の存在や価値に不安を感じてしまったとき。
そんな時に、常に私の心が求めていたのは、豊ではなく社長でした。
私の中で社長は太陽のような存在です。
なくてはならない存在。
私の心を明るく温かく照らしてくれて、何よりも、ずっとそばにいてくれた。
もし豊との間に子供がいたとしても離婚して再婚していたのかと聞かれれば、迷うことなくこう言う。
“常識で言うならばあり得ないことかもしれないですが、きっと子供がいても同じことをしていたと思います。元夫の豊は私にはもったいないくらいの素晴らしい人です。そんな方と人生を共にしていく資格は私にはありません。そのような場合だったとしても今回のように豊が後押ししてくれていたと思います”と。
世間体だけで人の事を決めつけるのは、とても悲しいことです…
その人の成り立ち、思い、出来事。
人それぞれ事情があって生きてると思うんです。
それには犠牲にするものが出てくることだってもちろんある。
私たち自身が犠牲にされることだってある。
豊は私の犠牲になり、社長は私の恩人。
今では、私が誰よりも幸せになることが豊に対しての一番の償いだと思っています。
人生の歯車がどこで狂うのかなんて誰にも分からない。
それに直面した時に、良い方向に行くも悪い方向にいくも結果決めるのは自分自身なのだから。
たとえそれが間違った道だったとしても、その先にある幸せを自分自身で導いていくしかないのだから。
私は良い方向に進んでいると思っています。
社長と再婚して早5年が経った今でも変わらずの愛で支え合っている。
豊と離婚をして、1年後。
私と社長は観覧車の中から夜景を眺めていた。
「ゆう…今日は豊さんと離婚して丁度1年だね。そんな日にこんな事言うのは無神経かもしれないけど…そろそろ俺の嫁になってほしい。ゆうの全てを愛してる。俺と結婚してくれませんか?」
それは待ちに待った言葉。
「…私も、龍の全てを愛しています。だけど私、両親を紹介できない…」
全てを把握している社長は、俯いている私の頬に両手を添える。
「誰かに捨てられた花でも、誰かに踏みつけられた花でも“花は花”ただ自分が美しいと思ったものを信じればいいんだよ。で…返事は?」
「はい!もちろん、よろしくお願いします」
愛の翼に包まれ、涙ぐむような愛おしさが胸に迫る。
同じ景色を見たい。同じ季節を過ごしたい。
一緒に生きたいと思えた人。
自分が選んだ人に後悔したくない。自分が選んだ道に後悔したくない。
欲張りな私は大切な人を傷付け、自分だけの幸せの道を選んでしまいました。
神様…私以上の幸せを豊に与えてあげてください。
私の一番の願いです。
社長と再婚したものの、豊に対しての罪悪感が残りしばらくは昔のラブラブだった頃のようには上手く社長に心を開けなかった。
「ゆう…無理に笑わなくてもいいんだよ。ゆうの気持ちにこれからもずっと寄り添っていきたいから、俺の前では素直なままでいて」
「…ごめんなさい」
「俺に謝るようなことしたの?してないでしょう?ゆうがそんな顔してたら豊さんも悲しむぞ…」
私の瞳からは汗みたいに涙がぽろぽろとひとりでにこぼれ落ちる。
そんな私を見かねて、どんなに忙しくても接待以外は毎日帰ってきてくれ、わがままを言っても怒ることもない。
全力で私に寄り添ってくれている社長が愛おしくて、愛おしくて…
お互いの事を仕事でも私生活でも支えられるのは“俺たち2人だけ”と社長と誓い合った。
私と別れていた期間、社長は彼女作らず遊びさえもなかったらしい。
それは本人から聞いたわけではなく、唯一私たちの関係を全て知っていた社長の友人から聞いた話。
私の前では平然を装っていた社長が心から愛しい。
なぜ女性社員からのアプローチをわざわざ私から断らせたのかも今になっては分かる気がする。
「私がまた不倫したらどうする?」
「なに?まぁ、その時になってみないと分からないけど1つ言えるのは、ゆうの元旦那さんみたいに自分から身を引くことは出来ないかな。どんなゆうでも受け入れてこの先他の男に目移りする暇がないくらい幸せにしたいからな」
真剣なあなたの言葉には心打たれました。
それなら私も同じように、どんなあなたも受け入れてあなたを絶対離したりしません。
あなたと出逢っていなければ間違いなく今の私はいません。
人の心を動かす力のあるあなたと出逢ったからこ水商売から足を洗うことができ、立派なお仕事にも導いてくれ、社会の厳しさも学ぶことが出来ました。
あなたと別れていた期間どれだけ寂しかったことか。
計り知れないほどの喪失感を味わいました。
旦那の豊を失いたくないという気持ちから社長との別れを決断したのに、結果的には社長を選んだ私。
それが正解だったのかは誰にも分からない。
いろんな人から批判を受け、旦那と離婚して社長と再婚した私を、
“お金目当て”“汚らわしい”“欲望の女”などと卑猥な言葉を浴びさせられることも沢山あった。
人の意見は大切だけれど、自分で決めることのできない感情などいらない。
常に決断は自分にあるのだから。
それが人を好きになる覚悟でしょう。
耐えて耐えて耐えまくった。
そう思われて当然の事だから。
逆の立場なら私も同じことを思うかもしれない。
それが世間体なのだから。
なぜ社長を選んだのかと聞かれれば、迷うことなくこう言う。
“私の人生を大きく変えてくれた恩人だからです”と。
誰かに背中を押してもらいたいとき、誰かに縋りたいとき、誰かにそばにいてほしいとき、自分の存在や価値に不安を感じてしまったとき。
そんな時に、常に私の心が求めていたのは、豊ではなく社長でした。
私の中で社長は太陽のような存在です。
なくてはならない存在。
私の心を明るく温かく照らしてくれて、何よりも、ずっとそばにいてくれた。
もし豊との間に子供がいたとしても離婚して再婚していたのかと聞かれれば、迷うことなくこう言う。
“常識で言うならばあり得ないことかもしれないですが、きっと子供がいても同じことをしていたと思います。元夫の豊は私にはもったいないくらいの素晴らしい人です。そんな方と人生を共にしていく資格は私にはありません。そのような場合だったとしても今回のように豊が後押ししてくれていたと思います”と。
世間体だけで人の事を決めつけるのは、とても悲しいことです…
その人の成り立ち、思い、出来事。
人それぞれ事情があって生きてると思うんです。
それには犠牲にするものが出てくることだってもちろんある。
私たち自身が犠牲にされることだってある。
豊は私の犠牲になり、社長は私の恩人。
今では、私が誰よりも幸せになることが豊に対しての一番の償いだと思っています。
人生の歯車がどこで狂うのかなんて誰にも分からない。
それに直面した時に、良い方向に行くも悪い方向にいくも結果決めるのは自分自身なのだから。
たとえそれが間違った道だったとしても、その先にある幸せを自分自身で導いていくしかないのだから。
私は良い方向に進んでいると思っています。
社長と再婚して早5年が経った今でも変わらずの愛で支え合っている。



