この世に2人しかいない気さえしてきた…


しかし、そんな甘い幻想は、突然吹いた強い風に、俺と、おそらくその先輩も一気に現実に引き戻される。


あっ…倒れる…



楽譜を乗せた譜面台が風に煽られて倒れるのは、屋外練習あるあるだった。

3年間肌に染み付いた感覚で、風の強さから直感的に譜面台が倒れる事を察知した俺は思わず、校舎の陰を飛び出した。

が、小さなきゃーという叫び声とともに、譜面台はあっけなく倒れてしまう。



もう慣れっこなのだろう、先輩は小さくため息をついた。

そして俺の気配に気づいて、こちらを振り返る。



「見たなぁ〜きみぃ〜」



意地悪そうな笑顔を浮かべて、先輩はこちらへ歩いてくる。

譜面台はもう倒したままにしておくらしい。



「すっすいません!」



女子のセーラーは学年ごとにリボンの色が分けられている。

俺の学年は緑色だった。


先輩は赤色だ。

まだうろ覚えだけれど、赤色は確か3年生だ。



あの綺麗なホルンの音色。3年生ともなるとこうも違うのか。

それともこの先輩が一際上手いのか。



僕の目の前まで歩いてきた先輩は、ぐいっと僕の顔を覗き込む。