けれど、俺は、雪のようにはなれない。命を否定されればそれを投げ出したくなる。いつだって、自分を知らない場所に逃げ出し、隠して欲しかった。

空はどんよりと暗くなり、分厚い雲が月を隠した。

その隙間から、雨がぽつりぽつりと線のよう降りだし、窓ガラスを打つ。

徐々に音が大きくなっていって、窓ガラスに映る自分の姿さえ、雨粒が歪ませていった。

意味もなく携帯をスクロールしてみても、こんな時会いたい人なんて誰もいなかった。誰に会っても、誰と話しても、誰を抱こうが、空っぽな心には穴が空いていて、満たされる訳は無かったんだ。



’そっか…。でもきっと喜んでくれると思うよ…’ふと、美麗の言葉と彼女の声を思い出した。

そうしたら、何故だか無性に彼女に会いたくなった。

雨で歪む視界の中で、右か左かも分からぬまま、ただただ車のハンドルを握り締めた。

あの日の俺は、どうかしていたんだ。今更言っても仕方がない事だが。

インターホンを鳴らし、玄関の扉を開けた彼女は物凄く驚いた顔をして、そして直ぐに俺に「家に入れ」と言った。

「何やってるの?!傘は持ってなかったの?!」

頭から、足先までびしょ濡れ。これじゃあ雪をみすぼらしいなんて言えないじゃないか。

その雪はそんなボロボロの俺の姿を見ても、いつものように大きな目を輝かせて「みゃあ」と甘えた声を上げた。

「ほら、タオル!ねぇ、お風呂に入った方がいい。そのまんまじゃ風邪ひいちゃう。
着替えは買って来てあげるから!
あぁもうこんな時間ッ!お店がやってないわ!
今、ママに電話してパパの着替えを持ってきてもらう!
ねぇ、だから早くお風呂……」

その瞬間、俺は美麗を後ろから抱きしめていた。