「あれは、母さんの父さんの知り合いが始めたばかりのホテルでね」

母さんの父さんというのはつまり、会長でない方の祖父だ。

母方の両親は早くに亡くなってしまったし、関わりさえ余り持った事がないから、記憶が余りない。

うちの会社に吸収されたホテルを経営していた。

「懐かしいな…」

懐かしい。と言った父の顔はほんの少しだけ緩んで、思い出を噛みしめるかのようにぽつぽつと話し出す。

「夢かぐらは、支配人の西門さんがとてもホテルの事を愛している人でね。
館内に大きな動物や魚のオブジェがあったのを覚えているか?」

「何となく。」

大きなホテルではなかった。けれど記憶の中でロビーの中に父の言うようなオブジェがあった。とはいっても、とてもおぼろげな記憶なのだ。

「お前はあれを気に入ってだな、ロビーから離れなくって、困ったもんだよ。
あれは確か、西門さんの手造りだと聞いた事がある。
あの人はそれだけじゃなくて、ホテルの前にある看板まで手作りをしてしまうような人で、ホテル内の会報も確か彼の絵が描かれていて
とにかくホテルの支配人とうよりかは職人といったタイプだった」

「そうなんですか、記憶は結構曖昧なんですけど」

「お客さんひとりひとりに声を掛けるような支配人で、働いているスタッフも優秀な人が多かった。
温泉は宿泊客以外でも入りにこれて、地元の方にはとても評判も良かった。
わたしも、今でも1番愛しているホテルだ」

愛してると言い切ったから、驚きだ。

ホテル業界の息子に生まれたからといって、この人自身この仕事に余り興味がなさそうだった。

そんな人が自分のホテルではなく、他人が経営しているホテルを’愛してる’と言ったんだ。

それは何か、俺からしてみるとどこか滑稽だった。