けれど、息が苦しい。彼に顔を近づけられただけで、心臓はどくんどくんと脈を打つ。それはいつもの数倍。

「ちょっと…あまり顔を近づけないで…」

そう言って、彼はやっと解放してくれた。途端に息を吐く事が出来て、安心した。窒息死するかと思った。

口には出さないけれど、きっと今とても顔が赤い気がするの。

茹でだこのようになってる気がして、思わず口元で自分の顔を覆った。

こんな顔を見せてしまったら負けたような気になる。

けれど、西城さんはそんな様子には気づく気配もなかった。もしかしたら知ってて言わないでおいてくれただけなのかもしれないけれど。

彼から顔を隠し、さっきの女性。菫さんの顔ばかりが脳裏をめぐっていた。

’美しい人’あれだけの容姿を持つ人間は、港区にも余りいない。美貌を売りに生きる女たちの巣窟だというのに。

そして港区女子が持っていない、生粋のお嬢様という確かなオーラ。そういうものは分かってしまう物だ。

髪型ひとつとって見ても、僅かにしか写っていないワンピースやアクセサリーからも。でかでかとブランドを主張しないけれど、滲み出るものがある。

生まれながらのお嬢様は、ブランドを主張したりしない。

それは西城さんにしたってそうだ。さり気なくではあるが、彼の身に着けるものは上品で、そしてお高いブランドの物ばかり。

意識せずとも、幼き頃から培ってきた物は、主張せずとも当たり前に彼らの中に取り込まれている。

だから彼と彼女の価値観は一緒で、とてもお似合いに見えたのだ。



どうして、こんなにモヤモヤすると言うの?

これじゃあ彼の言う通り、ただのやきもちだ。

分かり切っていた事だ。わたしと彼の世界が違う事くらい。それなのに、どうしてこんなに苦しい気持ちになってしまったのか。