彼女は乾いた笑いを浮かべて’何でも手に入る天下の西城大輝様にも用意出来ない物?それって、なぁに?’と訊ねた。
口に出したくはなかった。
口に出した時の反応が何よりも怖かった。自分の中にあった微かな予感。当たって欲しくない予感程当たってしまうのだ。
――井上晴人――
彼の名を口にすると、途端に彼女は俺から目を離した。
十分すぎる答えだった。
突き放した左手は、悲しいくらい冷たかった。
数日後、貰った名刺と共に井上晴人の会社へ向かった。
確かめたかったのかもしれない。どういうつもりで彼女と一緒に暮らし、お前は彼女をどう思っているのかと。
選ばれた男のご尊顔をもう一度だけ拝見したかった訳だ。
ロビーに現れた男は、とても高級とは言えない普通のスーツを着た、背だけが高いどこにでもいるような特に特徴のないサラリーマン。このように冴えない男より、俺の方が断然良い男であるのは間違いないだろう。
それだというのに、琴子が選んだのは、このどこにでもいるような男なのだ。
決して俺の金や高級タワーマンションになびかなかった理由は、こんなちっぽけな男なのだ。
頭がおかしいんじゃないか?本気で思った。
男に、煽るように言ってやった。子供染みているとは自分でも思う。
「この間琴子と
ベッドでそういう事をしていまして」
子供染みた、嫉妬心からきた下らない戯言だと思ってくれていい。
その言葉に、分かりやすいくらい井上晴人は顔を歪めた。誰にでも優しくて、人の好さそうな男は怒るとこんな顔をするのか、とぼんやりと彼を見つめていた。
そして彼はそれを強く否定した。それは想定外だった。



