「たすく!」

僕の目の前には信じられない光景が広がっていた。

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ピピピピッピピピピッ

目覚ましを止め仕事に行く支度をする。
大学を卒業しそこそこ有名な大手企業で営業をこなす日々。
灼熱の中歩いていると高校生とすれ違った。
「あー、世間は夏休みか、、」
カップルなのか幼なじみなのか、すれ違う仲のいい男女をしばらく眺めていると、ふと1人の顔が過った。

「りこ…」
ふと僕は彼女の名前を呼んでいた。ここにはもういるはずのない彼女の名を。ぐっと目を瞑り溢れてくる涙を抑える。
これが僕の毎日の憂鬱な時間だ。忘れたくても忘れられない日々の繰り返し。

そんなある日、僕はある出会いによって僕の人生が変わった。
疲れきって暗い夜道を歩いていると
「兄ちゃん大丈夫かい?」
振り向くといかにも怪しい占い師の格好をしたおじいさんが座っていた。
(げ…絡まれた…)
「大丈夫ですけど…」
「過去に未練がある顔してるな。戻るか?」
僕は訳が分からなくて固まる。
「これを飲めば一瞬で戻りたい過去に戻れる。会いたい人にも会えるし兄ちゃんの思い通りにできるぞ?それから…」
淡々と話すおじいさんに僕は割って入った。
「過去に戻れるって本気で言ってます?こっちは仕事で疲れてるんです。からかうの止めてください」

そりゃ戻れるのものなら戻りたい…そうすれば…


自分がここにいる意味。過去に戻った意味。

"過去に未練がある顔してるな"

僕の名前を呼びながら楽しそうに笑う彼女の隣に5年後もいるため。

あの事故を防ぐため。

(僕がりこを助けるんだ…)
彼女に気づかれないよう、僕はそっとスケジュール帳を開いた。限られた時間で過去を変えなくては行けない。
「そんなにマメだったっけ?」
「あ、あぁ。なんかこうやって残した方が安心するんだ」

僕はまた彼女に嘘をついた。
心がまた痛くなる。でもそれで彼女を助けられるなら。


僕は布団に入りこれからの事を考えた。
りこと旅行に行った5年前、ずっと快晴だった天気が急に崩れて突然の土砂降りになった。
りこがたまたま持っていた赤い折りたたみ傘があったので2人で入ってなんとかびしょ濡れにはならずに済んだけど…
まさかあんな事になるなんて…
それきりりこと会えなくなるなんて想像もしてなかった。

そうだ!!ー僕は急いで起き上がった。

「簡単だ!旅行の日をずらせば…そうすればあんな事起きずに済む。りこを助けられる…」

無意識に足が動いた。
ピーンポーン(インターホンの音)

「りこ。旅行いこう。りこが行きたがってた北海道。」
「えっ?」
「今から。」
「そんなの無理だよ〜!旅行は来週の予定だったじゃん!!」
僕は色々と考えて説得したが頑固な彼女はそう簡単には降りない。
「だよな。そんな簡単には行かないよな。」
僕は呟いた。そんなこんなで時間が過ぎいつの間にか険悪なムードになっていた。
悪なムードの中、彼女が口を開く。
「たすく、最近なんか変だよ?なんかあった?」
僕は焦りと不安で上手い言葉が出てこず黙り込んでしまった。

(もし全てを話したらりこのいない未来にもどるだけだ…)

「急にごめん。旅行は予定通り来週いこう」

僕はあの時起こった事を鮮明に覚えてる。だからあの時と同じ事を繰り返さなければいいだけだ。

「楽しみだね♪」
彼女が笑った。
は彼女の笑顔に釣られるように笑った。
もし、このまま時間が過ぎたら前と同じだ。
だとするならば、日付と場所は関係ないんだからそれ以外小さな事を変えればいい。
「ねぇ、予定、俺が経てちゃダメかな?」
「できる?」
「う、ん。たまには俺がやる!」
こういうことは大の苦手だったがこうするしかもう方法はなかった。

旅行3日前
「あー。ぜんっぜんわかんない。」
とりあえず飛行機と旅館は抑えたけど、時間配分だのなんだの僕にはさっぱりだ。
その上事故を回避しなきゃならないと考えたら、僕の頭は大学受験以来のフル回転だった。

「たすく〜旅行の計画どうなった?もぉ明後日だよ?」
「とりあえず、これ…」
「…うん、たすくにしては上出来!!」
(なんとか乗り切った…)
「りこ、もしかしたら雨降るかもしれないど荷物かさばるから向こうのコンビニで済ませよ」
「うん…(?)」
りこのお気に入りの赤い折りたたみ傘。あれが無ければきっと、あんな事故には巻き込まれない。
けれま不満げな顔をする彼女を見て僕は言った。
「傘。持っていこう。でも、、でも、絶対に俺の左から離れるなよ」
「たすく、?」
「どこにも行かないでよ」
僕は本心がすぐそこまで来そうで怖くなった。
僕の言葉彼女にどう刺さったかは分からないがきっと不思議に思ったことは確かだろう。

あの日が近づくに連れて僕は彼女と会うことに少し不安を感じていた。

そして旅行当日。
待ち合わせ場所に着くとりこはまだ来てなかった。
「確かあの時寝坊して30分くらい待たされたような…」

僕は彼女の家に迎えに行った。と同時に彼女が慌てて玄関から出てきた。
そして家の前にいた僕に目を丸くした。
「たすく...?」
「…ねぼすけ(笑)」
彼女は申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに笑う。

こうして僕の運命の1日が始まった。
「飛行機、少し遅めにしといて良かった」
「うるさーい」
「お前はいつもこうだもんな〜」
「たすくそこだけは完璧だもんね〜」
2人はいつもの様に笑いながら話している。
僕は彼女に気づかれぬよう北海道の天気を見た。
「やっぱ雨...か。」
「ん?どうした?」
彼女は微かな僕の声に気づく。
「あ、えっとね、北海道、雨なんだって。」
「え〜!せっかく髪巻いてきたのに〜」
「ん〜と、えっとね、あ!!!今日はさ着いたら旅館でゆっくりしない?雨だし、、」
「せっかくの旅行だよ〜?」
「だって明日は晴れなんだよ!明日回りゃいいじゃん!!」
僕はあの運命を変えるのに必死だった。
僕は何とか彼女を説得し、今日は旅館でゆっくりすることになった。
「せっかくの北海道旅行なのに初日から雨なんて〜」
旅館につくと彼女は景色を見渡し呟く。
それから僕らはのんびりと過ごした。
「明日は晴れだし思いっきり楽しも!あ、夕飯18時からにしてあるけど、その前にお風呂済ませる?」
「……」
返事がない。ふと彼女の方を見ると眠っていた。
「どんだけ寝るんだよ(笑)」
寝顔を微笑ましく見ていると急に不安になって寂しくなって彼女の手をそっと握った。
「絶対、この手は離さないからな」

僕も知らぬ間に眠っていた。目を開けると彼女の姿がない。僕は慌てて部屋を出る。しかし、居場所など知らない僕は彼女へ電話をかけた。
聞き慣れた着信音だけが響く。
僕の頭の中は過去のあの風景が蘇る。
すると、
「たすくー!たすくの好きなアイス!あったよ!!」
「りこー。」
僕は安心して彼女を抱きしめながら泣いた。
「どうしたの??なんで泣いてるのよ」
「どこにも行くなよ」
何も知らない彼女は僕を不思議そうに見つめながら
「たすくが寝てたからお土産の所見てきただけだよ〜」
なんて彼女らしいことを言う。

運命の時間まであと1時間
あと1時間…。
秒針の音が嫌に大きく聞こえる。
すると彼女が口を開いた。
「あ、雨落ち着いてきたよ!ねぇねぇたすく〜ちょっと散歩行こうよ〜」
「えっ、、」

僕は彼女がそんな事言うなんて想像もしてなかった。

「でもほら、またいつ強くなるか分かんないし」
「傘なら持ってきてるし大丈夫だよ〜ねぇ行こ?まだ夜ご飯まで時間あるでしょ?」

彼女を失いたくない。
でも過去を変えに来たとはいえ、せっかくの北海道旅行。何より彼女の楽しみを僕の勝手で奪いたくなかった。

「わかった。でも、何があっても絶対僕から離れるな」
僕は真っ直ぐ彼女の目を見つめた。

ふと思い出した。
「過去は変えられるけど、運命は変えられない」
あのおじさんが言っていた。
「やっぱり外には出る運命だったのか...」
「よし行くよ〜!」
彼女は楽しそうにドアを開けた。これ以上策は見つからない僕はもう諦めるかのように外へ出た。
「りこ。俺お前が誰よりも好きだ」
「私も〜!」
といつもの笑顔で僕を見る。

あの日のように雨が強くなって来た。あの時は傘をさして道端を歩いていた。

あと2分...
僕は彼女の手を取りすぐ側にあるカフェへ入った。
カランカラ〜ン♪

「いらっしゃいませ〜。お好きな席にどうぞ〜」

「たすく?どうしたの?」
僕は襲ってくる不安で手が震えていた。
「ううん。なんでもない」

僕達は窓側の席に座った。
「もうすぐご飯だけど…雨強くなってきたしここで少し待つ?」
「うん」

ふと時計を見た。 3.2.1.... (っ…!!)
と同時に黒い車がかなりのスピードで通り過ぎて行った。
間違いない。あの時と同じ車だ。
時間は過ぎた。彼女は目の前で美味しそうな料理が並ぶメニューを楽しそうに眺めていた。
変わらない笑顔が目の前にあった。

「救えた…のか?」
僕は戸惑いを隠せずにいた。

そこへ、あのおじさんが現れた。
「君は彼女を救った。」
とだけ言って消えた。
「ティラミス!私ティラミス!」
彼女は子供のように僕へ話しかけてくる。
僕から見える彼女は涙で滲んでいる。
彼女は、何かを察するかのように僕の隣の椅子に座り僕の頬へ優しいキスをした。
「りこ?どうした?」
「ありがとうね」
彼女は全てを知ってるかのように答えた。

突然の"ありがとうね"に僕は言葉が出てこなかった。
かと思えばさっきまでの彼女に戻り店員さんにティラミスを注文している。
「たすくも何か食べる?」
その言葉で我に返った。
「え、あ、俺はいいや。てかもうすぐ夜ご飯だぞ?」
「別腹だからいいの〜!」
そうやって笑っている彼女は自分の運命を知っていたのか。僕が未来から来た事を知っていたのか。でも僕は今目の前に大好きな人がいる事が嬉しくてたまらなくて
「りこりこんな僕を選んでくれてありがとう」
「こちらこそ。明日は晴れるといいね♪」

ーそして僕が大切な人を救ってから5年が経った。

「誓います。」
「それでは誓のキスを」
僕らは結婚した。過去では離れ離れだったはずの運命が変わったのだ。
過去のあの風景があるからこそ彼女と過ごす一分一秒が大切に思える。
僕は今まで誰にも見せたことのないくらいの笑顔でりこを見たあとキスをした。

その晩彼女が不思議なことを言う。
「私ね昨日夢を見たの。」
「どんな夢?」
「私たすくとの旅行中死んじゃったんだ。」
「え?」
「それでね、見たことのないおじさんが私のところにきたの。そしたらね、」
「おじさん?髭の生えたグレーのスーツの?」
「そう。どうして分かるの??」
「いや、なんか前に同じ夢を見た気がして。」
僕は咄嗟に出た言葉を隠すかのように誤魔化した。
「凄いね!偶然! そしてね、そのおじさんが言うの。『戻らせてやろうか。きっと彼が救ってくれる』って」
彼女は不思議そうに、でもどこか楽しそうに話を続ける。
「そこで目が覚めちゃったんだけど、今思えばたすくが自分からカフェに入るなんて有り得ないでしょ?(笑)旅行の計画も自分が立てるとか言い始めるし(笑)だからさ、夢だけど夢じゃなかったような気がして」
「よかったな、夢で」

僕は笑った。僕にはもう、彼女を1度失った事も過去をやり直した事もまるで夢の時間のように思っていた。

「りこ。これからも僕はずっとりこの隣にいるよ。」