上司は優しい幼なじみ


フロアの様子も変わりない。
無意識にたっくんの席に目をやるが、姿がなかった。
いつも早いのになと思いつつ、気まずさがあるので内心ほっとしている自分もいた。

荷物を置き、給湯室にコーヒーを取りに行く。

「…っ」

どうして、ここでこんなにもバッタリ遭遇してしまうのだろうか。
毎日会いたいと願いながらも、今に限ってはどうしても顔を合わせづらい人物。

「おはよう」

「おはよう…ございます」

前は空のカップを捨てるという用事を作ることができたが、今は手ぶら。
誰がどう見たって朝一でコーヒーを淹れに来た人だ。

一瞬迷いながらも中に入っていく。

「あのさ…昨日のこと…なんだけど」

気まずそうに言葉を並べる。
私は黙々とコーヒーを注いだ。

「今日終わってから時間ないかな?もう一度話したいんだ」

「…すみません。今日は真由美ちゃんと用事があって」

そんな約束はしていない。
咄嗟に嘘をついてしまった。

「じゃあ、お疲れ様です」

逃げるようにその場から立ち去る。
フロアに戻ると真由美ちゃんの姿が目に入り、一直線に彼女の元まで行き、隅まで手を引いた。

「どしたの陽菜ちゃん」

「お願い!今日夜ご飯一緒に食べよう?おごるから!」

両手を合わせ、頭を下げて懇願する。
口裏を合わせるだけではダメだ。嘘も実現させれば事実になる。
姑息なことをしていると自分でもわかる。
でも…感情がぐちゃぐちゃになっている今の自分には、これしかない。