上司は優しい幼なじみ


「たっくん、本当に今日はごめんね…疲れちゃったでしょ?」

帰りの車内。心地いいサウンドが流れるが、それとは反して私の心は底辺まで落ち切っている状態だった。
まさか娘の部屋を覗き見る家族だったとは…と、恥ずかしい気持ちになる。

「まぁ、宣言はできたから、俺は満足だけど」

顔を上げ、彼の綺麗な横顔を見つめた。

「宣言…?」

ちらっと目をやり、すぐに前に戻す。

「陽菜と結婚するって。陽菜の家族に宣言できたから、俺は満足」

その言葉に思わず顔を覆った。
そうだ…そうだった。
あの時確かに、たっくんはそう言った。

それに、’本気’だって。

「言っとくけど、その場しのぎの言葉とかじゃないから」

「う、うん…」

それは、あの耳打ちでなんとなく理解しています。

結婚…か。
まさか私が、あのたっくんと、そんなところまで行くことになるとは思わなかったなぁ。


車は私のアパートの前で停まった。
上がっていくと思い、助手席から降りて彼も出てくるのを待ったが、一向にその気配がなかった。

「…たっくん?寄ってくでしょ?」

助手席側から顔を覗かせてそう問うが、彼はゆっくりと首を左右に振った。

「今日は、やめておく。今日だけは…欲望のまま抱きたくないからさ」

きっと、私の家族に対しての彼なりの誠意なのだろう。
大切にされている、そう実感した私は何も不満に思うことはなかった。

「ありがとう…おやすみなさい」

「おやすみ」

数歩歩いたところで一度振り返る。車はまだあった。
部屋のドアの前まで歩き、もう一度振り返る。車はまだある。
玄関のドアを開いて中に入り一度閉め、再度外を覗く。車がゆっくりと発進した。

たっくんは、いつも私が部屋に入ったのを確認してから帰るんだ。

「たっくん、大好き」

静かにぽつりとそうつぶやいた。