放課後、教官室に行くと 藤田しかいなかった。
 
「失礼します。」と中に入る。
 
「おう。そこに座れ。」

と藤田は、奥の椅子を指す。
 


「先生、何の用ですか。私 彼と待ち合わせしているから。手短にお願いします。」

私は 椅子に腰かけて言う。

藤田は、私の正面に座ると
 
「彼氏に遅れるって、連絡しておきなさい。」

と言った。

私は頷いて、亮太にラインする。
 


「山口の彼氏って、どんな人?」

藤田は 私の好きな 優しい笑顔で 私を見る。
 
「中学の同級生です。K学園に行っています。」

私は、正直に答える。
 
「付き合って、長いの?」

続けて聞かれ
 


「半年ちょっとかな。先生、私の恋バナ 聞くために 呼んだの?」

私は、藤田の顔を見て言う。
 

「いや。あの時の山口の言葉 ずっと引っかかっていて。」

と藤田は苦笑した。
 
「あれ、気にしないで下さい。あの時、ちょうど 彼と喧嘩していたんです。」

私の言葉に 藤田は、『えっ』という顔をした。
 

「彼氏 私が 美佐子と付き合うこと ずっと心配していて。あの時 私が 先生に言ったこと 彼氏に言われて。喧嘩になったの。」

私は正直に言う。
 

「金井と付き合うと 山口まで 悪く見られるって?」

藤田は 聞き返す。
 
「はい。私、危なっかしいから。美佐子に 引っ張られるって。心配だって。」

私は、少し照れながら言う。
 


「へえ。良い彼氏だね。」

藤田は 感心した顔で、私を見た。
 

「はい。だから 私 先生に 逆のこと言われて カッとしちゃって。ごめんなさい。」

素直に謝る私に、藤田は 少し驚いた顔をした。
 

「そうだったのか。いや 俺も 無神経な言い方したって 反省していたんだ。」

藤田は また優しい顔で笑った。
 

「美佐子と付き合うな、って言う 彼氏に反発して。美佐子を頼む、って言われると それも気に入らなくて。自分でもイヤになっちゃう。私。」

私は、そう言って俯いた。
 

「俺は お前なら 金井を支えられると思っていた。金井は お前と居て 少し 顔が変わってきたから。でも お前の言う通り。俺がお前に頼むって、おかしかったよな。」

藤田の顔を見て、私は首を振る。
 
「ううん。時期が悪かっただけ。普通なら私 任せて下さい、って言えたと思う。」

私の答えに、藤田は頷いた。


「俺、お前に 何を期待していたのかな。金井のこと 正直 重荷になっていて。生活指導部みんなが。誰か 味方がほしかったのかもしれないな。」

私が 正直に話したからか、藤田も 正直に言ってくれた。
 

「先生、ごめんなさい。私 多分 2年になったら 美佐子と距離を置くと思う。美佐子 悪い子じゃないけど。私も 自分が大事だから。」

私は、少し目を伏せた。
 
「金井、また何かしたの?」

藤田は ビクッとした顔で 聞き返した。
 


「そうじゃなくて。私 彼氏の方が大切だから。彼氏を 安心させたいの。」

私の答えに、藤田は ホッとした顔をした。そして
 
「そうか。山口、良い恋愛しているな。」

と優しい目で 私を見て言う。
 

「まあね。彼氏、私に惚れているから。」

と私は言った。

言った後で恥ずかしくなる。
 

「俺にのろ気てどうする。」

と藤田は 声を上げて笑った。
 

「先生 心配かけて すみませんでした。でも私は もう大丈夫だから。美佐子のことは、これからも頼みますね。」

私が言うと
 
「金井次第だな。金井にも お前の彼氏みたいに 支えてくれる人ができればね。」

と藤田は 真面目な顔で言う。
 


「前島先生にも 頼んで下さい。美佐子 前島先生のこと 好きだから。」

私は何故、そんな事を 言ったのだろう。
 


藤田が 美佐子の 支えになることが嫌だったから。

美佐子から 離れようとしている私の 罪悪感。



でもそれだけじゃない。

多分、美佐子は 信太郎のことが 本当に好きだ。
 

「前島先生も、金井のことは 心配しているよ。」頷く藤田に
 
「心から 親身になって 心配してあげてって。言っておいて下さい。」

私の言葉の、本当の意味を 藤田は わからないだろう。
 


教官室を出て、亮太との 待ち合わせ場所に向かいながら。

私は考えていた。



美佐子が 荒れたきっかけは、信太郎ではないかと。