…あ、すごく綺麗。
私は見渡す限り何も無い草原に立っていた。静か。とても静か。春だろうか、いや秋だろうか、東から登る優しい光が私を包み込む。…暖かい。風が遅れて髪を弄ぶ。この華の香りはなんだろう。かすかに冷たさの残る風の記憶は感覚に触れて呼び起こされる。
「…金木犀」
もっとこの風を感じたい、光を取り込みたいと願う。
ーーぉぉおおぉぉおおおおおーー
どこからともなく声がする。目を瞑ると自然に声のする方へと身体が方向を変える。耳元で誰かが囁く。
「この娘が呼んだ」
「わしを呼んだ」
「心で呼んだ」
誰が話しているのだろう。どことなく父の声と似ている気がする。気のせいかな。
髪を弄んでいた風がいきなり背中を押してきた。グッ…と身体が持ち上がり服の中にも風が入り込み始める。
ーーおおおおおおおおおーー
声がとても近く聞こえる。まるで声の主が目の前まで迫ってきているような。
強風の中、恐る恐る目を開くとそこに居たのは金色の瞳、純白な鱗、繊細な翼、数メートルにも及ぶ胴体を持つ龍だった。