ジョアンナの章3~投薬の開始~

●1日目

ジョアンナ・および・試験体患者へのアメロテーゼ01の投薬は、
朝と夕方の食事後に0、25gずつ…つまり1日の合計0、5gからの摂取で始まった。

同時に朝と夕方の2回、採血も行われる。
夜にはパーキン医師による問診も行われたが、とりわけ投薬による変調や身体的変化もなかったので、特に答えることもなく…

「…そうですか。いや、ジョアンナさん、問診お疲れ様でした。今日は初めての投薬や検査、採血などでお疲れになった事でしょう。ゆっくりお休みになってくださいね。ではまた明日…」

そうパーキン医師は言って頭を下げると病室から出ていった。

これが投薬1日目だった。

●2日目

2日目も昨日と変わらず、1日2回の投薬と採血、夜には問診が行われたが、ジョアンナは特に身体に変化は感じなかった…。
昨日となんら変わらないやり取りがパーキン医師との間で交わされる。

●3日目…

●4日目……

●5日目………

そして6日目の夜が過ぎ、今日もジョアンナはなんら変わらず、いつも通りの問診を終えた。
そしてパーキン医師も相変わらずジョアンナに深々と頭を下げると、静かに病室をでていった。

さて、パーキンがジョアンナの病室を出ると、この日は助手のエバンとジョンが待ち構えていた。
部屋から出てきたパーキンを少し後ろから追いかけるような形で2人とも歩き出す。
しばらく歩いていると…

「…パーキン博士、先程のジョアンナさんも含め、未だに試験体の生産管理細胞「アメロテ」に形状の変化は見当たりません…。摂取量が少ないのではないでしょうか?」…とエバンが言った。

「…………。…エバン、投薬を始めてからまだ1週間も経っていない。結果を焦っては危険だ…」

パーキンが答える

…だが、そこへジョンもおずおずと口を挟んできた。

「で…ですが、パーキン博士。アメロテーゼ01は「アメロテ」の言わば"ご飯"のようなものです。ご…ご高齢で基礎体力も弱った試験体の「アメロテ」には、も…もう少し基礎体力をつけさせるという意味でも「アメロテーゼ01」の摂取量を増やしてもいいのではないでしょうか…?」

「………?…ジョン…。どうしてそんなに事を焦る?」

「…え?そ、それは、その……」

モゴモゴと口籠もるジョン。

その問いに答えたのは、エバンだった。

「パーキン博士、ジョンは「アメロテーゼ01」の影響が出るより先に、試験体である患者様が今現在患っている持病によって亡くなってしまうのではないか?ーー…とそれを心配しているのです」

キッパリとした口調だった。

「……そうなのかね?」

パーキンがジョンに尋ねる。

「…そ、そ、そうなんです…。す、すみません…。ご存知かと思いますが、試験体の患者様の中にはアメロテーゼ01の投薬実験のために、本来飲むべき薬を少し減らして実験に臨んでもらっている患者様もいます。だから、その…えっと…し…心配で…。特に…ゴードンさんが……」

「……ゴードン…ああ、そうか、あの癌と糖尿病を患っている重病患者だな…」

「…は、はい。僕がメインで担当してて…。数値的には状態は安定しているものの、糖尿病の薬を減らした事で、食べ物にも細かく制限がかかり、精神的にも苛立ち、食が細くなってきています…。こ…このままだとゴードンさんの基礎体力はどんどん落ちて「アメロテーゼ01」の効果が出る前にゴードンさんは…」

そう言い、少しうつむくジョン。

「………………そうか………。わかった。1週間後から試験体4人への投薬量を少し増やしてみよう。そして重病患者のゴードン ガルシアと…そうだな、同じような重病患者のミラルダ ロゼに関しても、更に量を増やして様子を見てみることにしよう」

「あ、あ、ありがとうございます!!」

「ふふふ…良かったわね、ジョン」

エバンはそう言ってジョンの肩を叩いた。


ーーこうして、7日後より試験体への「アメロテーゼ01」の投薬量は増し加えられたのだった。

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<7日後からのアメロテーゼ01の投薬状況は以下の通り>

●ゴードン ガルシア…73歳・男性→7日後より、1日1、5g
●ミラルダ ロゼ…72歳・女性→7日後より、1日1、25g
●マービン モゼット…74歳・男性→1日1g
●ジョアンナ アンダーソン…70歳・女性→1日1g

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●ジョアンナの変化●

ジョアンナが身体の変化に気づいたのは、ペットボトルの水を飲もうとした時だった。
昼寝をしていたジョアンナはあまりの喉の渇きに目を覚ました。
ふとみれば、サイドテーブルにメリッサが置いていったペットボトルの水が置いてある。

そのペットボトルに手を伸ばし、蓋をねじり、キャップを外して口に水を含んでみて、そして…ふと気づいた。

「…あら?私…今、ペットボトルの蓋が開けられたわ……?」

そうなのだ。
健常者なら「ねじり開ける」という行為はなんら他愛のない事なのだが、リュウマチを患っている人間にとっては、
ねじる時に変形した骨が手首の神経にさわり、痛みを伴う難しい作業なのだ。
だから、ジョアンナもいつもメリッサにお願いしていた。

だが…今、ジョアンナはなんの痛みも感じず、躊躇なくフタを開ける事ができたのだ。
ジョアンナはしばしポカンとしていた。
それくらいにリュウマチを長年患ってきたジョアンナには、自分でもびっくりする出来事だった。

それが投薬から10日目の昼過ぎの出来事だった。

そして、その日の夜、問診にきたパーキン医師にその話をすると、パーキン医師は非常に驚き、少し興奮気味で「他に感じている身体的変化はないか?」と色々聞かれた。

パーキン医師に聞かれてみて思い返してみるジョアンナ。
そういえば、ここ最近食欲があり、よく寝れている。
そして、寝ている時にパキパキ…という音が耳の奧から聞こえているような気がする。

そうパーキン医師に話した。

「…ほう、パキパキ…ですか」

「…はい。響くような感じでここ、3日前くらいから聴こえていた気がします。一体なんでしょうね…?」

パーキン医師は、随分長く黙りこんで何やら考え込んでいたが、突如ハッとした様子で早口で言った。

「…ジョアンナさん!貴女は…もしかしたら…骨に変化が出ているのかも知れません!」

「…え?骨に…変化…ですか?」

ジョアンナは驚いた。

「ええ、パキパキという音はもしかしたら骨の変形の音かもしれません。いつの間にか骨が変形をし、そのおかげで今まで難しかった「ねじる」という行為が可能になった…という可能性があります!…いや、しかし、アメロテーゼ01が骨に…?
と…とにかくリュウマチ…骨になんらかの変化があった可能性があります!」

「は…はぁ」

「ジョアンナさん、明日レントゲンを撮りましょう。以前の骨のレントゲン写真と見比べれば、何か判るかもしれません!」

「……は、はい」

まさか、形が変わってしまった骨に対しても作用してくるお薬だなんて…。
そんなことあるのかしら…?

ジョアンナにとっても医師達にとっても、それは信じがたいことであったが、
次に日にはそれが現実に起こっているのだという事を知るのだった…。

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次の日、ジョアンナの起きるのに合わせてレントゲンと採血の準備が進められ、検査が行なわれた。ジョアンナは気になっていつもより目が早く覚めたので、本来なら皆がまだ寝ている時間に検査は開始された。

研究者であり医師であるパーキン氏はもちろん、その助手であるエバンという若い女性とジョンという若い男性、他、多数の白衣をきた人達に囲まれながら再検査が行なわれたが…皆、一様にジョアンナに注目している。

なんだか変な気分だわ…

…と思いながら採血・レントゲン等の検査を終えると、ガラス越しの控え室の医師達が慌ただしい…。
パーキン医師をはじめ、皆がモニターを食い入るように見つめている…。

何かがあったというのはジョアンナにも分かった…。

控え室のドアが勢いよく開き、パーキン医師とその助手達が少し興奮気味な様子で入ってくる。そして…

「ジョアンナさん、検査をご苦労様でした。ご気分は大丈夫ですか?」

「…あ、はい」

「ジョアンナさん、驚かないで聞いてください。レントゲンの検査の結果、私の予想通り、貴女の骨は変形しつつあります。まず、こちらを見てください。これがここに来る前の病院にて撮影した右手首の骨のレントゲン写真。そしてコチラが先程撮った右手首の骨のレントゲン写真…。これらを重ねると…ほら、明らかに骨の形が変わっているのがわかって頂けると思います」

「……は…はい。でも、こ、これが何か…?私は重度のリュウマチですから、骨は変形していくのが症状の1つなので別に当然の事なのではないのでしょうか…?」

ジョアンナがしごくもっともな事をいう。
すると、パーキン医師はモニターを操作し…

「ではもう一枚、コチラの写真をみて下さい。これは健常者の右手首の骨の写真です」

…とジョアンナにそのレントゲン写真を見せた。

「………はぁ」

いまいち、ピンとこないでいるジョアンナ。
そんなジョアンナにパーキン医師は3枚のレントゲン写真をモニターに並べて説明をし始めた。

「実は、リュウマチの場合、骨はこちらの方向に変形が進行していくのが通常なのですが、ご覧のように、貴女の右手首の骨はリュウマチが進行した場合に起きる変形方向ではなく、健常者の骨の方向に変形し始めているんです。」

「………え!?それは…一体どういう…?」

真剣に訳が分からない…といった感じでパーキンの目を覗きこんでくるジョアンナ。
パーキンは一呼吸置くと…

「つまり、ジョアンナさんの骨はリュウマチを患う以前の正常な骨の位置に戻ろうとしている…と思われます」

…そうゆっくりジョアンナに説明をした。

理解が追いつかなかった……。

戻ろうとしている…?骨が…?

そんな事、あるの???

ジョアンナは自分の右手首と映し出されている自分の骨のレントゲン写真とを交互にみる。
そして…

「あ…あの、私は………」

そうパーキン医師に言おうとした時だった。

ドアが勢いよく開き、白衣の男性が飛び込んできた!

「パーキン先生、大変です!!ゴードンさんが…ゴードン・ガルシアさんが…!!!」

ゴードン・ガルシア…???
ーーあの私と同じ試験体の男性患者だ。

パーキン医師が慌てて椅子から立ち上がる。

「ゴードンさんがどうした!?」

「理由はわからないのですが、とにかく口から多量の出血を…!!」

「口から出血…!?」
「わかった!!今行く!!」

「ジョアンナさん、すみません!急患です!とりあえず、ジョアンナさんの骨は良い傾向に向かっているので、一先ずはご安心下さい」

「また何かありましたら、おっしゃって下さいね!では、すみませんが急患が待っておりますので失礼!!」

「先生、こっちです!!」

そう言うと、パーキン医師は白衣の男性と共にバタバタと慌てて部屋から出て行った。

「ゴードンさん…」

あの試験体患者に何があったんだろうか…?
私に変化が出ているということはあの人にも変化が出てもおかしくはないはずだけど…。
でも口から出血だなんて…。

ジョアンナはそう少し不安に思いながら、今さっきパーキン医師が出て行ったドアを見つめていた………。