「ただいま」
「おかえり六花。お父さんリビングにいるよ」
「わかった」
ひとつ、息を吐く。
肺の中に居座っていたどんよりとした空気は出て行ってくれず、なぜか余計に息がしにくくなった気がする。
「お父さん、ちょっと話があるんだけど」
「なんだ。最近の成績はどうなんだ?」
開口一番に言うことそれ?
新聞から目を離すことなくそれだけ言い放ったお父さんへの苛立ちがどんどん募っていく。
「ちゃんと勉強してるよ。進路のことで相談があるんだ。ちょっと私の話を聞いてほしくて」
「また看護学科に行きたいとかいうのか?」
「そうだよ」
本当に、一度も目が合わない。
何度この話をしても、毎回こうなのだ。
「あのな、おれはお前のことを思って言ってるんだぞ? 医学科に行け。じゃないと満足な生活はできないと思った方がいい。この間も友達と海に遊びに行ったって聞いた。今の時期にそんなことしてたら受験のときに、」
「うっるさいな!!!」
ダメだ、泣くなって新井先生に言われたのに、涙で視界が滲んでくる。
「もういやだ。どれだけ話しても無駄」
声が震えてる。みっともない。
でも。
これ以上ここにいたくない。
カバンを放り投げて、逃げ出すように玄関のドアを開ける。
靴も選んでるヒマはなくて、手近にあったサンダルを履いた。
後ろから私を呼ぶ声がしたけれど、何も聞こえないふり。
私の話を聞いてくれないくせに、なんで私だけあんたの話を聞かないといけないのさ。



