チャイムがなり程なくすると廊下が騒がしくなる。そんな喧騒の中、マキが私を迎えに来た。

「理都ー、ご飯行こー!」

向日葵のように笑うマキを見て私は重い腰を持ち上げ、お弁当と水筒の入ったバックを持ち小走りでマキの元へ向かう。
これは私たちの日課だ。

勢い余って廊下に出ると誰かにぶつかった。
少しぶつかる程度ならいいものの相手が悪かったみたいだ。
私は思いっきり廊下に倒れた。感覚的にはぶつかったより飛ばされたという方が正しい。反射的に顔をあげると不意に

「ごめん、、、大丈夫?」

と低い声が私の耳に届いた。
声の主は同じクラスの深瀬 吏希くんだったと思う。あまりクラスの男子のことは興味がなかったからよく覚えてないけど初めてのホームルームでの自己紹介で少し記憶していた。
一重切れ長の目で黒髪、身長も高くガタイもいい。はっきり言って私から言わせたら怖い印象を抱いたのをうっすら覚えている。特に群れる姿はあまり見かけないから色々謎の多い人だなと思っていた。何より声も低いってよりもドスがきいてる。

「あ、大丈夫。私も悪いから」

素っ気なく言い残してマキの元へ走った。

「理都、大丈夫?
今クマにぶつかったよね?」

「クマ?」

「あー、深瀬だよ。あいつバスケ部でさガタイが良くて目付きが鋭いからみんなからクマって呼ばれてんの」

「そうなんだ。大丈夫だよ
少し尻もちついただけ」

私とマキの日課は昼食を共にすること。

いつもの屋上へ私たちは足を急がせた。
屋上のドア開ける。重く錆びたドアは少しばかり不快な音を立ててゆっくり開く。モノクロだった世界に鮮やかに色をつけたみたいに外は澄んでいる。重いドアを開けた瞬間、風が私の顔を通りすぎていく。
私は大きく深呼吸をする。
今まで肺に入っていた鈍色の空気を吐き、澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこむ。
そして空気の味を肺で味わう。

しばらくするとマキがバタバタと屋上へ上がってきた。購買で買った沢山のパンが今にも腕からこぼれ落ちそうだ。

「今日はメロンパンと焼きそばパンがあった!」

と嬉しそうにつぶやくマキ。
私たちは屋上の隅にある階段に腰掛けて昼食をとりはじめる。

「そういえばさ、理都は恋愛しないの?」

唐突にマキから投げられた質問に胸が締め付けられる。

苦しくなって口の中のご飯を飲み込めなくなる私はきっと不甲斐ないんだろう。

「多分、
もうしない。」

私の回答はこれに尽きてしまう。これ以上もこれ以下もない。これが私が言える最大の返答である。
少しマキは考え込むようにして黙ってしまった。私はあれ以上の回答はできないもののいたたまれない空気に包まれるのが嫌で数秒間の沈黙は私によって壊された。

「マキは恋愛で苦しくなったことある?」

すごくシンプルだけどこの質問は奥が深い。

「うん。何回もあるよ。でもきっとそれがあるから乗り越えられることの方が多いのかもしれないって思ったんだ。」
と、言いマキは続ける。
「人を好きでい続けるのってすごく体力がいることだからね」

マキは真っ直ぐな瞳で私を見つめて言う。
私にはその真っ直ぐな瞳が眩しくて
目を逸らして

「マキらしい返しだね笑」
と笑って誤魔化すぐらいしかできない。