マキとは高校の通学路は同じだが滅多に一緒に通学はしない。最後にしたのは入学式後の1週間ぐらいだったと思う。

「今日は彼氏さんと一緒に学校行かないの?」
「あー、今日ね、朝練なんだって
夏の大会があるからそのために朝練始まったらしいよ」
「バスケ部も大変そうだね」
「ほんとにね、まあ、智が頑張ってるなら応援しなきゃだし」

マキは悲しそうに嬉しそうに笑ってみせた。

マキには大切な人がいる。マキと智くんは入学して間もなく付き合った。智くんもマキも2人ともお似合いだ。いつも2人で登校し、2人で下校する。だから私はマキとは通学はしない。

「理都とこうやって通学するの久しぶりだね」

「だね。久しぶり
相変わらず、幸せそうじゃん。安心したよ笑」

「あらあら、心配してくれてたのー笑笑
理都は相変わらず心配性だねー、そうゆう所変わんない笑笑」

他愛のない会話をしてお互い目を合わせて笑い合う。決して長くない時間さえも心が安らぐ瞬間だ。

マキに嫉妬しないの?とクラスメイトから聞かれることが度々ある。
マキは誰にでも愛されるような子、その友人である私によく投げつけられる質問だ。

無理もないだろう。マキのスクールライフとやらは完璧を形にした様なものだ。恋人も友達も学業もすごくできる訳では無いが愛嬌があって慕われる。先生からだって厚い信頼があるマキに誰もが憧れを抱いていると思う。

私に投げつけられた漠然とした質問はすぐに私によって壊されてしまう。

「ないよ。1度だってない。マキは私にとって......」

親友と言いたいところだが私は親友という言葉が好きではない。
親友という言葉を軽々しく使うものでは無いし、ましてはこの言葉で覆いきれるような薄い関係ではない。言葉って難しい。だからいつも言葉にしたくても出来ない不甲斐なさを残して私は言葉を詰まらせる。
学校に着くと丁度予鈴のチャイムがなった。
マキはわたしに
「あ、ごめん!今日日直だ!
日誌取りに行くからここでバイバイだね!」
と言葉の残して走り去ってしまった。
「あ、うん」
多分、私の声は誰にも届かないまま熱気に満ちた昇降口の空気に溶けていった。


4時限目の始まりのチャイムが憂鬱な空気のクラスに響く。古典の教科書を開き、ぼーっと窓の先を見つめる。群青色の空に高く昇った白い雲。夏だと知らしめるぐらいに煩くなく蝉のおかげで私の頭の中もぼーっとし始める。
ふと瞼を閉じてみる。暗くなった目の前以外は何も変わらないが、視覚を奪うということはとても恐ろしいことで他の感覚が研ぎ澄まされた。さっきよりも煩く騒ぐ蝉。むっとした暑さ。汗と夏の匂いが混じった教室の匂い。憂鬱そうに紡ぐ古典文学。
だんだん胸が苦しくなってくる。ただ夏だから苦しいのか、昔の感情が少しずつ色褪せていくのを感じて少し怖くなってしまう。
絶対に離していけないこの気持ち。人を好きになるとここまで苦しくなるのかと痛いほど体に刻まれる。またあの人の面影を思い出して目の奥がじんとするのを感じる。
ここでは流してはいけない感情を静かに自分の奥にしまい込む。

逆流した色褪せた桃色の気持ちは行き場を失いさらに私を苦しめる。

苦しみから解放されたくてそっと現実に戻る。明るすぎる程の現実は私の目をくらます。
気づけば50分という時間はあっという間にすぎてしまう。
またチャイムがなり、授業に終わりを告げた。