とりあえず屋敷の外にあるシステムとやらが怖いので門をくぐり、真っ直ぐ入り口まで歩いていく。どの窓にも明かりが灯っている様子はなく、人が住んでいる気配が全くない。恐る恐るドアを開け、一階の隅の部屋からしらみつぶしに人がいないか確認していき、とうとう、オーナールームのような二階の角の部屋にやってきてしまった。その部屋からも特に物音は聞こえない。この屋敷には本当に誰もいないんじゃないかと少し思いつつ、ドアを開ける。やはり、明かりが灯っている様子もなく特に音もしない。そう思っていると、どこからかスー、スーと寝息が聞こえる。部屋の一番奥にあるベットに近づいていくと、そこには少女が横たわっていた。毛布がずれていたので直そうと持ち上げると、少女が身にまとっていたのは薄いキャミソール一枚だけだった。度肝を抜かれながらも見なかったことにして、元の目的である毛布をかけなおす。
不意に少女はこちら側に寝返りをうった。起きたかと思ったが、そうではなかった。一安心である。だが、寝返りをうったせいなのか、さっき僕がよく見ていなかっただけなのか、少女の閉じた瞳の隙間から流れた霖が顔の頬を濡らしていた。近くにあったイスを引いてベットの隣に置いて座り、頬を濡らす、霖を右手の人差し指で拭い、近くにあった少女の手を両手でつかんだ。外はいつからか霖が降っており、まるで少女の心を映しているようだなと思いつつ、僕の意識は朦朧となり、闇へと誘われてしまった。
目を覚ますと、握った手には彼女のもう片方の手も添えられていた。部屋には夕日が差しこんでいて、微笑んでいる彼女の頬のように穏やかで、柔和だと感じた。窓を見ていた僕は握っていた両手を引かれて、ベットに前かがみになった。すると、胸に何かが当たる感触がした。どこか知っているような温もりのある温かい感触。そのまま握っていた手を離され、右手で脇の下を通して左肩を握られ、軽く握られたもう片方の手を右肩に添えて少女は僕に抱き着いてきた。僕も体がそれが自然であるように左手を後ろから回して右腰に添え、もう片方の手で少女の頭を撫でる。その温もりにはどことない見覚えがあった。今まで人に抱きしめられたことも、抱きしめたこともないはずなのに。
少女が胸の中で「会いたかったよ。神威」と言うので僕は理解した。その少女が花穂なのだと。