ふかふかとは言えない座席に、それほど綺麗でもない車内。
 足の裏についた土を剥がす必要はなかった。
 後部座席には人間が二人入れるほどのスペースがあり、運転席の隣には物置と化した助手席があった。

 ドアを閉めると、アイミは窓から顔を半分だけ出してエドにこう告げた。
 
 「お土産買ってきたの! エドが好きなストレートだよ。飲む?」

 と渡されたピコーの缶を受け取ってエドはお礼をした。

 「いつもありがとうございます」
 「いえいえ! それほどでもありますけれど」

 と言ってアイミは奥の座席に引っ込んだ。
 
 ちなみにピコーとは紅茶飲料のこと。砂糖の入っていないやつがエドのお気に入りだった。120円。
 アイミがどこかへ出かけるときにはいつも決まって買ってきてくれた。
 エドにとって、そのことがなによりも嬉しかった。
 だからエドの寝室にはいままでアイミから貰ったピコーの缶がズラッと並んでいる。
 もちろん、缶は全て洗っている。

 プルタブを開けようとした時、声がかかった。

 「馬鹿みたいだよエド」

 兄妹でいう兄のほうのミナトだった。

 「そのマスク、外したらどう」

 ミナトはエドに向かってそんなことを言った。
 説明しよう。エドワールはいつもガスマスクをしているのだ。
 顔全体を覆っており、その素顔はたとえ主であろうとも見たことはない。

 「ええ、もちろん。承知の上です」

 エドは話を変えようとしてこう言った。

 「それよりミナト様、私も拝見したかったですね」
 「何のこと?」
 
 ミナトはいぶかしげに眉をひそめる。
 エドは続けた。

 「アイミ様の帽子が飛んでしまった時、五倍デーと叫びながらノウサギの如く高跳びしたミナト様の姿ですよ」
 「あーそのことか。そうそう。風に背中を押されてね、いつもより高く跳べましたよっておいおい」

 ノッて突っ込んだ。

 「確かにそんなことはあった。でも叫んではないな」
 「エド!私そんなこといってないから!」

 アイミが横から口を挟んで勢いよく言ってきた。
 若干怒っている様子を見て、エドは謝った。

 「申し訳ございません。私の思い違いだったようで」
 「もう! まだ若いんだからしっかりしてよね!」

 そう言い残して、アイミは奥へ引っ込んだ。

 どこかのおばさんみたいなことを言うよな、とミナトは思った。

 「妹が余計なこと言ってすいませんね」
 「そんなことありませんよ。これくらい元気な方がいいと思います」
 「本当にそう思ってる?」
 「はい。もちろん。この顔を見ても信じられませんか?」
 「冗談だろ?」
 「はい。冗談です」
 
 もちろん、エドの表情はガスマスクに隠れて見えない。
 だからその裏で何を考えているのか。見当がつかない。
 それでいて立ち振る舞いや身のこなしかたが丁寧で美しいから、ロボットなんじゃないかと思うときもある。
 でもこれだけは言える。エドはロボットなんかじゃない。
 ロボットは冗談なんて言わないだろうから。