立春。ホワイトネクタイを外す使用人もいる今日この頃。

 雲一つない晴天の下、風がどこまでも吹き渡るほど広いミント畑。

 そこに伸びる一本の踏み固められた土の道。

 赤くてちっちゃな車が停車していた。
 見た目はかなり古ぼけていて、オンボロと言われてもしょうがない。

 その車の側に、あの使用人が佇んでいた。
 ただじっと地平線を眺め、使える主らの帰りを待つ。

 そよ風が吹いたら、青々と元気よく生え揃ったミントたちの間を縫い分ける。
 使用人の白髪をなでた。

 白髪……だから年老いているのかって?
 年老いてはいない。
 背筋はまっすぐ伸びており、髪にはつやがあって、スレンダーな体格は健康的だと言える。
 ちなみに髪は高い位置でまとめていて、白い肌を登ってうなじが露わになっている。

 そしたらまた風が、今度は使用人を構成している黒い燕尾のスーツの中へと吹き込んだ。
 バタバタと空気を送り、つばめのしっぽのような長い裾が音を鳴らす。

 長らく待っていると、待ちわびていた声が聞こえた気がした。
 
 まぶしく降り注ぐ太陽の光の下、目を細めれば遠くに兄妹の姿があった。 

 「エドー!」

 手を振る愛しき妹にエドと呼ばれた使用人も控えめに手を振る。
 幼さが残る声で元気溢れる様子でこちらへ向かってくる。

 あっという間に距離を詰められてしまった。

 「ごめんなさい遅くなって。待った?」
 「ちょうど今、着いたところです」

 エドがこの場所にどれくらいいたと思う?五分や十分じゃないだろう。
 実は大分待ったと、エドはそのことを言えなかった。
 言う必要もなかった。

 「風が強いね」
 
 少女はエドに話しかける。
 白いレースリボンの飾りが施されたカンカン帽子を押さえながら口を開く。
 少女は隙を与えず続けて話し出す。

 「今日の風は強いと言うか痛いって感じ? 何度も飛ばされそうになっちゃった。でも日焼けはしたくないでしょ? だから絶対にとらないぞって思ってたら飛ばされちゃってね、でもお兄ちゃんが取ってくれたの! すごいジャンプだったんだよ、ノウサギさんみたいだった」

 ――ね、聞いてる?

 「お買い物はできましたか?」
 「いっぱい買えたわ! エド知ってる?」
 「何がでしょうか」
 「今日はポイント五倍デーだって。毎月五の付く日はポイント五倍なのよ!」
 「ほう」
 「すごいわ五倍デー! ほんと、わくわくするわよね!」
 「それはなによりです」
 「あとね」
 「アイミ様、続きは車の中で」
 
 エドは話を遮って車のドアを開けた。

 「なによ。話は車の中って、話は署で聞きましょうって感じ? 私をどこへ連れていくきなの!」
 「家です」
 「知ってるわ」
 「署がよかったですか」
 「よかない! 帰るわよ我が家に」

 そう言ってアイミは車に乗った。
  
 「お兄様をお待ちしましょう」
 「置いてっちゃお」
 「そういうわけにはいきません」

 そう言ってエドはゆっくりと歩いてくるもう一人の主を待った。
 アイミの話に出てくるお兄ちゃんであった。