「大学に入学したら、お祝いは 指輪だよ。」

柔らかく温かい手を そっと握って言う。
 
「その時は、一緒に買いに行くね。」

樹の手を 握り返して 恭子が言う。
 
「うん。」

樹はそっと細い指に触れる。
 

「ありがとう。私も お兄さんが大好き。」

恭子は ふう、と息をついて言う。
 


「ありがとう。もうお兄さんって 呼ばなくていいよ。」

樹は 恭子の手を離し そっと頭を肩に抱き寄せる。

恭子も 素直に 樹の肩に 寄り掛かかってくる。

その重みも愛おしくて。
 

「でも。何て呼ぶの?」

と言う恭子に 樹は笑う。
 

「樹さん。樹君。樹ちゃん。樹。」

樹の肩に もたれて 色々な 呼び方をする恭子。

なんて可愛いのだろう思い 樹は声を出して笑う。
 

「いいよ。恭子ちゃんの 好きな呼び方で。」
 

「じゃあ、樹さんかな。樹さん 私も 恭子でいいよ。」


幸せな笑いが満ちて、樹の胸は 陽だまりのように 温かくなる。
 

「わかったよ、恭子。」
 
「ありがとう、樹さん。」


そして 二人 声を出して笑う。


幸せと、喜びと、照れの混ざった 温かい笑い声が 車の中に響く。
 


絵里加に失恋して 一年ちょっと。


樹の心を 癒し続けて 明るい世界に 導いてくれた恭子。


まだ幼くて 赤ちゃんのように スベスベした肌で。


いつか 智くんが言っていた 源氏物語の若紫のように。


樹は、一つずつ育てたいと思う。



急がずに。