「そうだ、プール行かない?赤坂のホテルの。陽子達と行った所。」

絵里加が 健吾を見ながら、樹と恭子に言う。
 
「プールか。どこへ行っても暑いから。いいかもね。」

恭子と水遊びは、無邪気で楽しいだろう。

樹は そんな風に思った自分に 苦笑してしまう。
 

「夜は、回転するレストランで食事しようよ。夜景が綺麗だったよ。」

健吾も 笑顔で賛成する。

ニコニコしている恭子が可愛くて、樹は 意地悪を言ってみる。
 

「高校生には、まだ早いかな?」と。

恭子は、頬を膨らませた後で 急に笑顔になり 明るく答える。
 
「大丈夫です。何事も経験なので。」

樹は、大きな声で笑う。


『ごめんね。まだみんなに 言えなくて』

そんな思いで 恭子を見ると、屈託ない笑顔を 返してくれた。
 


絵里加と恭子は、早速 水着の話しで 盛り上がっている。

傍らで 絵里加を 愛し気に見つめる健吾は、
 
「絵里加、すごく恭子のこと、可愛がってくれて。俺、本当にうれしくて。」

と樹に言った。


“俺も、可愛がっているよ” と言いたい気持ちが湧き上がる。
 

「それは、恭子ちゃんが、良い子だからだよ。姫も 仲良くできて、安心だと思うよ。」

樹の言葉に頷く健吾。

多分、敏感な恭子も 耳の端に 留めているはず。
 

「お兄ちゃん、明日、絵里ちゃんと水着買いに行ってもいい?お兄ちゃんのカード 貸して。」

無邪気に 声をかける恭子に、
 
「これだよ。」と健吾は苦笑する。
 


帰り道、樹と二人きりになると 恭子は 急におとなしくなる。
 
「どうしたの。」

樹が 優しく聞くと 恭子は 甘く微笑んで 樹を見上げる。

そっと恭子の手を握って、
 
「ごめんね。公表できなくて。あと半年、我慢してね。」

と優しく言ってしまう。

それは 自分に向けた言葉でもあった。
 

「ううん。そうじゃなくて。一緒にいると 楽しいなって思って。」

恭子の言葉は 温かく 樹の心を満たす。


込み上げる愛しさに 頭を軽く撫でてしまう。

切なく 樹を見上げる恭子は 恋する少女の目で。



「ありがとう。」と樹は言う。


それは、まだ言えない  “好きだよ” という意味だった。
 


夏の夜。どこからか香る蚊取り線香。

アスファルトは まだ熱が取れていなくて 足元は熱い。


外灯の少ない住宅街を 手を繋いで歩く。


樹の心は 甘い幸せが 溢れていた。