絵里加と健吾の進展ぶりは、いやでも樹の耳に入る。


7月の午後、外出から戻った智くんの表情に いつもと違うものを感じた樹。
 
「何かあったのですか。」

役員室に入る前の智くんに、樹は声を掛ける。
 
「大丈夫。仕事じゃないから。」

智くんは 穏やかな笑顔で 樹に言う。


仕事じゃないなら もっと気になる。

樹の気持ちを察した智くんは、
 
「ちょっといいかな。」と樹を役員室に呼んだ。

中には父しかいない。
 


「お疲れ様です。」

と智くんに付いて、樹も部屋に入る。

父は、智くんを見ると
 

「間宮さん、何だって?」と聞いた。
 


「絵里加達の為に、土地を探していて。代官山に 良い物件があるんだけど。そこで良いか、俺の意見を聞かれてさ。」

智くんの言葉に樹も父も驚く。
 
「そこまで本気なの?智之、どうするんだよ。」

父が言うと、智くんは苦笑する。
 

「どうもしないよ、俺は。絵里加を 嫁に出す方だから。お任せしますって言ったよ。」

顔を見合わせる父と樹に、智くんは続ける。
 

「卒業したら すぐに、結婚させたいっておっしゃって。それまでに、新居を準備するからって。二人の生活は 不自由しないように 援助するって言って頂いて。うちには 全く異存がないよね。」


二人が卒業するまで、あと2年半。


まだ22才の絵里加。


そんなに早く、嫁がせてしまうのか。



「姫達も、そのつもりなんですか?」

樹は寂しさを抑えて聞く。
 

「間宮さんは、俺が了承してから ケンケンに話すって 言っていたよ。二人は、何も知らないで 色々考えているんじゃないかな。」

智くんは、寂しそうな笑顔で言う。
 
「間宮さん、道理のわかる人だね。先に 智之に話したんだ。」

父は感心して言う。
 

「ケンケンは長男だし、いずれ ご両親と一緒に 暮らすと思っていたから。そこまでしなくてもって 言ったんだよ。」

智くんの言葉に父と樹も頷く。
 

「間宮さん、同居はしないって。絵里加達には 新居を用意するから、二人で一から築いてほしいって。絵里加は恵まれているよ。」


健吾のご両親は、そこまでしても 絵里加を欲しいと思っている。

絵里加なら当然だと、樹は思う。

それだけの価値があるから。
 

「ありがたい話しだけれど やっぱり寂しくてね。そこまで 具体的に考えて頂いて、俺も心の準備をしないとね。」

智くんの目は、優しく樹を見つめる。

まるで、一緒に準備しようというように。
 

「嫁に出したからって、娘でなくなる訳じゃないんだから。それに代官山なら、すぐ近くじゃない。」

父は、前向きに言う。
 

「まあね。良いご縁だし。ケンケンも良い子だからね。でもなあ。絵里加、可愛いからなあ。」


智くんの言葉は、そっくり樹の心だった。

絵里加を思う 愛の種類は違うけれど。
 

「そのうち、可愛い孫ができるよ。」

父の明るい言葉が、樹の心を鋭く刺す。
 

「姫がママに?大丈夫か?」樹も明るく笑う。


それを支えるのは 自分じゃないことに、絶望しながら。