翌朝、10時に軽井沢駅に着く健吾を 翔君が運転する車で 絵里加は迎えに行く。

駅から出てきた健吾を見て、絵里加は笑顔で駆け寄る。
 
「お疲れ様。新幹線、混まなかった?」

絵里加は笑顔で、健吾を見つめる。
 
「メッチャ混み。絵里加が一緒なら、満員電車も楽しいんだけどね。」

健吾は、いたずらっぽく笑う。
 

「カッ君が、運転してきてくれたの。」

車まで歩きながら、絵里加は言う。


絵里加より1才年上の翔君は、医学部の3年生。

医師を目指して、日々努力をしている。
 

「翔先輩、ご無沙汰しています。お世話になります。」

車から降りて待っていた翔君に、健吾は丁寧に挨拶をする。
 

「ケンケン。久しぶり。大人になったね。」

翔君は、友好的な笑顔で健吾を迎える。

二人は、高校まで一緒の学校だったから。
 

「でも、驚いたよ。姫がケンケンと付き合っているって聞いて。」

別荘に向かう車の中、翔君が言う。
 

「やっと、片思いが実りました。」

健吾は少し照れながら言う。絵里加をそっと見て。
 
「やだ、ケンケン。恥ずかしいよ。」

絵里加は頬を染めて言う。

兄のような翔君の前 父や母の前よりも恥ずかしい。
 

「いいじゃない、姫。ケンケンは良い奴だよ。」

翔君は、涼しい顔で言う。
 
「だって。」絵里加は、口ごもり俯く。
 

「姫は奥手だからさ。ケンケン、一から教えてあげてよ。」

翔君の言葉は、過激にも聞こえる。

絵里加が、“えー!”と言う顔をすると、
 

「家族に大切にされてきた絵里加が好きだから。僕も、大切にします。」

健吾は、サラッと言う。


いつから、こんな大人になったのだろう。

昔は一緒にいたずらをしたのに。


校庭の 水道の蛇口を 半分押さえて水を飛ばしたり。

バス停のポールに、よじ登る競争をしたり。

無邪気に笑い合って、一緒に叱られて。
 

今は自分よりも、絵里加を優先してくれる健吾。

絵里加の為に、自分を抑えてくれる。


何故、と聞いたら 絵里加が好きだからと 答えるだろう。

絵里加が楽しいと 自分も楽しいからと 言うだろう。
 

絵里加は、はっと気付く。

母が言っていた言葉の意味。


『ケンケンの為に、何ができるか考えないとね』

相手を思うから思われる。

大切にするから、大切にされる。


健吾は、絵里加の為に できる事をしてくれていると。

親でも兄弟でもないのに。対等なのに。
 

「ケンケン、来てくれて、本当にありがとう。」

絵里加の心から、言葉がこぼれる。

健吾は、温かい目で絵里加を見て、
 


「こちらこそ。呼んでくれてありがとう。」と言ってくれた。