絵里加を家まで送ってくれた健吾を、母が呼び止める。

父が帰る時間には、少し間があったけれど、
 
「さっき、パパから連絡があってね。ケンケンと絵里ちゃん、夏休みに旅行したらどうかって。」

二人と向かい合う母が、大胆なことを言う。

健吾と絵里加は、驚いて顔を見合わせる。
 

「ママ、いいの?」

やっと答える絵里加に微笑みながら、母は言う。
 
「パパが、いつもの旅行会社に予約してあげるから、二人で場所と日にちを 早めに決めるようにって。」

思いがけない言葉に、健吾は何も言えない。
 

「それって、海外ってこと?」絵里加が言うと、母は笑顔で頷く。
 
「海外なら、泊まりになるけど。」

父と母は 健吾と絵里加が もう一歩進むことを 許そうとしている。
 

「まあ、日帰りの海外って聞いたことないわね。」

母は絵里加の言葉に、心地よく笑う。
 

「本当にいいの?」念をおす絵里加に、
 
「絵里ちゃん、案外臆病ね。」と笑い、健吾を見る。

“ねえ” という目で。
 

「俺も驚いています。絵里加のこと、俺も大切にしているから。本当にいいんですか。」

健吾は、誠意のある言葉で聞く。
 

「海外でゆっくりするのもいいじゃない。二人とも、もう大人だから。」

絵里加は健吾を見つめて、やっと笑顔になる。


「何か、絵里加達 両方の親に驚かされてばかりだね。」

絵里加は、満面の笑顔で言う。
 
「ホント。でも、全部嬉しい驚きだから。」健吾も明るく笑う。


そして、母の差し出す卓上カレンダーを見て、
 
「早く行きたいね。8月の最初の頃は?」絵里加が言う。
 
「そうだね。予約が取れれば。」と、健吾も頷く。

そんな二人を見ながら、母が、
 

「場所は?どこがいい?」と聞く。
 

「ハワイは遠いから、グアムがいいね?」健吾の言葉に、絵里加も頷く。
 

「それじゃ、8月の最初の頃で グアムの予約を取るわね。日にちが多少、前後しても大丈夫ね。」

母は、確認する。絵里加と健吾は笑顔で見つめ合う。
 


「その前に、試験があるけど。まさか、そっちの準備は 大丈夫よね?」

母に釘を刺されて、
 
「また試験。忘れていたのに。」絵里加が頬を膨らます。
 
「でもさ、追試になったら 旅行できないから。絶対、頑張らないとだよ。」

健吾に言われて、絵里加はため息をつく。