試験が近付いたある夜、食事の後で父が絵里加を呼ぶ。
 

「今日の昼間、ケンケンのお父さんと会ったよ。」

絵里加は驚いて、父を見る。
 
「お仕事の用事で?」

絵里加の言葉に、父は笑って首を振り、
 
「絵里加達のことでしょう。」と言った。
 

「絵里加、何か失礼なことしたかしら?」

絵里加は不安になってしまう。



「絵里加のことは、とても褒めていただいたよ。ケンケンのお父さん、絵里加達の為に土地を探していて、代官山にちょうど良い物件があるからって、パパ相談されたんだよ。」


父は、静かに言う。
 
「絵里加達の為に、土地って。」

絵里加は、父の言葉の意味がわからずに 聞き返す。
 

「絵里加達の新居用に。ケンケンのお父さん 卒業したらすぐ結婚できるように 早めに家を建てるって言って下さってね。」



絵里加は驚いて 手で口を覆う。

そして、小さく呟くように言う。
 

「絵里加、結婚したら ケンケンの家に 住ませていただくつもりだったの。」
 
「ケンケンのお父さんは、二人が自由に暮らせるように 新しい家を用意するって。」

父は、絵里加を見て、静かに言う。
 

「松濤と南平台の間を探したけれど あまり物件がないらしい。代官山の物件は、環境も広さもちょうど良いけれど 松濤から離れてしまうから。パパの意見を聞いて下さったんだよ。」


絵里加は、大きな目を見開いて父の話しを聞く。

いつの間にか 母も父の隣で 聞いている。
 

「ケンケンに 入社してすぐは 高いお給料をあげられないけれど 二人が不自由しないように援助をするから パパにも心配しないように言って下さったよ。」

絵里加は、思いもよらない展開に 実感が湧かない。
 

「絵里加も、卒業したら就職するつもりだから。二人で力を合わせて 生活しようねって言っていたの。」

絵里加の心は震えてくる。
 

「パパは、お嫁に出す立場だからね。代官山でも問題ないよね。そこまで考えてもらえてとてもありがたいと思うよ。」母も大きく頷いていた。
 
「ケンケンのお父さんは、もしパパが承諾したら ケンケンに話すって。良いお父さんだね。うちのことを先に考えてくれて。パパは、お任せしますって言ったよ。いいよね、絵里加。」

父は、優しい目で絵里加を見る。

絵里加は、何も言えずに頷く。
 

「ケンケンのお父さん、本当に、絵里ちゃんならいいって思って下さったのね。」

母は絵里加を見て、優しく言う。
 


「ママ。絵里加、どうすればいいの?」

絵里加は震える声で、聞いてしまう。母は、静かに首を振り
 
「ケンケンにお任せして大丈夫じゃない。ねえ、パパ。」と言う。

絵里加は、父の顔を見る。父も、静かに頷く。


「いつまでも、パパとママを頼りにしないの。これからは何でも、ケンケンに相談するんだよ。」


優しく突き放す父。


絵里加の目から大粒の涙がこぼれる。
 

「だって。」絵里加は静かに、涙を流し続ける。


父か母が 今声をかけたら 絵里加は泣きじゃくってしまうだろう。

二人は、温かい笑顔で絵里加を見つめる。


大切に育てた 愛おしい娘を手放す思いに 二人も心で涙を流していた。



抱きしめて胸で泣かせてあげたい気持ちを抑えて。