「もっと大人にならないとね。泣き虫絵里加。」
健吾が言うと、絵里加は拗ねた顔で口をすぼめる。
その唇に、また触れたい衝動が 健吾の体を駆け抜けた。
「あのね、お祖父様が 涙は心を洗い流すから 泣いた後は優しくなれるって言っていたわ。」
少し混んだ電車の中、いつものようにドアの隅に立つ。
「へえ。いいお祖父様だね。絵里加が優しいのは、泣き虫のおかげかな。」
健吾は、温かい目で 絵里加を見る。
「それにね、絵里加のママも泣き虫らしいの。だから仕方ないわ。遺伝だから。」
絵里加の言葉に、健吾は笑ってしまう。
「絵里加、本当に可愛い。いいよ、いっぱい泣いて。遺伝なら仕方ないよ。」
絵里加の頭に、ポンポンと手を置く。
健康的な明るさと 密かな甘さに 健吾も戸惑ってしまう。
無意識に指輪に触れている絵里加。
それが嬉しくて。
可愛くて 愛おしくて 大切にしたい反面 健康な欲求が体を駆け巡る。
そして、絵里加の耳元で言ってしまう。
「またキスしたい。熱いやつ。」
絵里加は ほんのり頬を染めて 健吾を見上げる。
その恨めしそうな目を見たら、やっぱり大切にしなければと思う。
ゆっくり、絵里加に合わせて。
それが空しい決意と知っていても。



