熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「……っ、」


 それは花以外の者が見れば、ただの寄木細工の手鏡に違いない。

 けれど、あのとき八雲が迷いなくこれを買ったのは──。

 きっと、これに使われている三色が、花をここへと導いた"彼女"のまとっていた色と同じだったからだろう。


「せいぜい、次は落として割らないことだな」


 そう言って、颯爽と歩き出した八雲の背中を見つめる花の目には涙が滲む。

 相変わらず、花からするといけ好かない男には変わりない。

 けれど今は、八雲が本当はとても優しい人なのだと知っている。


(ほんと、素直じゃないんだから……)


 段々と離れていく八雲の背中を見つめながら、花は思わず微笑んだ。

 残念ながら、素直じゃないのはお互い様だ。

 心の中で独りごちた花は、目に滲んだ涙を拭うと大きく息を吸い込んだ。


「付喪神になるまで、大事にします……‼」


 空は、快晴。

 今日も熱海の海は青く澄み渡っている。


 ──ここは、熱海にあるちょっと不思議な温泉宿。

 日常に疲れた付喪神様たちが、日頃の疲れを癒やしにやってくる、現世と常世の狭間にある温泉宿だ。


「フォッフォッ。みな、元気でよろしい」


 全国の付喪神の皆様、いつもお勤めご苦労様です。

 熱海温泉♨極楽湯屋つくもは今日も笑顔で、営業中です。






『明日、あの世に嫁ぎます! 熱海♨付喪神様のお宿へようこそ』✽fin