熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「大丈夫だ。そなたが願うのなら好きなときに、ここや現世へ足を運べばよい。そなたが生きやすいように、俺がどんなことでも叶えて──」

「──申し訳ありません、薙光殿。その申し出は、お受け出来かねます」


 と、そのとき。薙光の熱い告白の言葉を、今の今まで黙りこくっていた八雲が切った。

 そうして八雲は薙光と花の間に身体を割り入れ、花の手を掴んでいた薙光の手を引き剥がすと、自分の背に花を隠すようにして薙光と対峙した。


「なんだ、八雲。何か問題でもあるというのか」

「はい。申し遅れましたが、彼女は私の妻となる女性です。そのため、たとえ相手があなたであろうと彼女を譲ることはできません」


 一縷の迷いのない声でそう言った八雲は、鋭く射るような視線を薙光へと向けた。

 対して花は、八雲のその毅然とした態度に、胸の鼓動が早鐘を打つように高鳴りだして、上手く呼吸もできなくなる。


(また、こんな……っ)


 ここしばらくは、もうずっとこうだった。

 八雲の男らしい一面や笑顔を見るたびにドキドキして、胸が締め付けられたように苦しくなる。

 そうして、そういうときは決まって今のように頬が赤くなってしまうのだ。

 まるで身体中の血液が沸騰したように熱くなって、八雲のことが頭から離れなくなった。


(ほ、ほんとに、これじゃあまるで私が、八雲さんを好きみたいな──)


 心の中で独りごちた花は、それ以上を言葉にできずに噛み締める。

 間違いなく、花は八雲に惹かれている。

 もちろん花自身も誰よりそのことに気がついていたが、認めてしまえば負けのような気がして、それ以上深く考えることは脳が全力で拒絶していた。