「ふ……っ、大丈夫だろう。俺は聞かなかったことにする」
慌てる花を見て、八雲が息を零すように笑った。
「それにあのふたりなら、誰かが願わなくとも、きっと来世で巡り会い、必ず幸せに暮らせるだろう」
言いながら、そっと大楠を見上げた八雲は、降り注ぐ木漏れ日に目を細めた。
そんな八雲の言葉と姿を眩しく思いながら見つめた花は、「そうですね……」と呟き、静かに顔を綻ばせる。
「……さぁ、もう満足しただろう。今度こそ本来の目的を果たしに行くぞ」
と、ひと呼吸置いて八雲が花へと視線を戻した。その言葉にドキリと胸の鼓動が跳ねた花は、思わず肩を強張らせた。
本来の目的──とはもちろん、弁天岩に挨拶に行くことだ。
そもそも今日、花が八雲とふたりで大楠神社へ来たのは、弁天岩が『八雲の嫁を見せに来い』と要求してきたためだった。
八雲は大楠まで来た竹林の小道とは別の、幅の広い橋を渡って本殿の前まで戻った。
その途中には近代的なカフェやテラスがあり、訪れた人々が談笑に花を咲かせている。
「八雲さん、弁天岩さんは一体どこにいるんですか?」
階段を下り、八雲の一歩後ろを歩く花が尋ねると、八雲は本殿向かって右側へと目を向けた。
「大楠神社の境内には三つの摂末社がある」
「……摂末社?」
「ああ。摂末社とは神社本社とは別に、その境内または附近の境外にある小さな社のことを言う」
八雲の言葉に花がふと思い浮かべたのは、神社に行くと見かける小さな社の存在だった。
以前から、神社の中に神社があることを不思議に思っていたのだが、それらは今八雲が説明したとおり、【摂末社】だったのだろう。



