「私は、傘姫に何もできなかったけど……。でもいつか必ず、本物のふたりで向かい合って美味しいビーフシチューを食べてほしいです」
ふわりと、花が花咲くように微笑む。
不意にそよいだ風が花の髪を優しく揺らして、八雲は目を細めると、無垢な美しさに見惚れた。
「でも……関係ない私が、余計なお節介でしたかね」
ヘヘッと小さく笑った花は頬を掻く。
八雲は慌てて花から目を逸すと、心臓を落ち着けるように喉の奥で咳払いをした。
「いや……余計なお節介ということはないだろう。だが──」
「ねぇねぇ、どんなお願いごとしたのー?」
「えー、どんなって……大楠を一周しながら何を願ったのかは、誰にも言っちゃ駄目なんだろ? 口に出したら叶わなくなるかもだし、秘密だよ〜」
そのとき、また先程のカップルが花と八雲のそばを横切った。
ふたりの会話を耳にした花は、思わずサーッと青褪める。
「ど、ど、どうしよう……! 私今、願いごと言っちゃいましたよね!?」
口に出したらいけないというルールがあるなど知らなかった。
とはいえ、神頼みするときは大抵、願いごとは口に出さないのが定石だということに、花は今更気がついた。



