熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「あと、もうひとつ言い伝えられているのは──」

「ねぇねぇ、知ってる? この大楠、願いごとを心の中で唱えながら木の周りを一回りすると、願いごとが叶うんだってー!」


 そのとき、先程のカップルが花と八雲の前を横切った。

 言葉を切られた八雲は口を閉ざすと、お役御免といった様子で目を閉じる。


「せっかくだし、うちらも行こうよ!」


 髪をお団子のように頭の上で纏めた彼女は、可愛らしい笑みを浮かべて彼氏の腕を引くと通路に向かった。

 健康長寿だけでなく、願い事まで叶えてくれるとは、見かけ通りに太っ腹な大楠様だ。


「──そういうわけだ」


 一応、と言った様子で言葉を添えた八雲は、腕を組んで大楠を見上げた。

 不意に吹いた風が、八雲の前髪を僅かに揺らす。

 圧巻の自然の前に佇む八雲は絵画のように美しく、花は見惚れずにはいられなかった。

 まるで八雲自身が、ここを守る神様のようにも見える。