「いつまで神頼みしてるんだ、早く行くぞ」
「え……っ。あ……す、すみません!」
結局、花はなんの願いごともできずに本殿をあとにすることとなった。
そのとき、すれ違いざまに一組のカップルの会話が耳に入って、ふと後ろを振り返る。
「ねぇねぇ、例の大楠、あっちだって!」
例の大楠──とはもちろん、樹齢二千百年の大楠のことに違いない。
大昔から熱海の街を見守り続けてきた大樹。
花はぽん太に話を聞いてからというもの、大楠を見るのをとても楽しみにしていた。
(でも……)
大楠を見に行きたい。
しかし同時に思い出すのは、先程の八雲の冷たい言葉と態度だった。
八雲のことだ。
きっと本殿への参拝が終わったあとは、本来の目的である弁天岩への挨拶を済まそうと考えているに違いなかった。



