「その必要はない」
「え……」
冷たい視線に射抜かれた花は、まるで八雲と初めて会ったときのように反射的に身を強張らせた。
「そもそも、稲荷社に祀られているのが狐だなどと、今の今まで勘違いしていたような奴に参拝されても、宇迦之御魂神は迷惑だろう。仮にも俺の嫁候補を名乗るのなら、自ら恥をかくようなことを安易に口にしないことだ」
「な……っ」
突然の不躾な物言いに、花は思わず目を見張った。
けれどそんな花を意にも介さず、八雲は稲荷社に背を向けると、さっさと本殿に続く参道の先を行ってしまう。
(な、なんで急に……)
たった今の今まで和やかな空気だったのに、何が八雲の癪に障ったのかわからない花は、悶々とした気持ちを連れて八雲の背中を追いかけた。
本来ならば捕まえて問い詰めたいところだが、そんなことをすれば更に状況は悪化するような気がして声をかけることができない。
(せっかく、ふたりで楽しくお参りできると思ってたのに……)
花は八雲にかけてもらったジャケットを、ギュッと胸の前で手繰り寄せた。
黒い革のジャケットは、内側は暖かいのに外側はやけに冷たい。
それが皮肉にも、八雲自身を彷彿とさせるようで……花は何故だか無性に泣きたくなって、視線を足元へと落とした。
気分はスッカリ落ち込んでいたが、だからと言ってひとりでつくもには帰れないため八雲を追いかけることしかできないのが悔しい。



