「稲荷社……お稲荷さまですかね? お稲荷さまって確か商売繁盛の神様ですよね」


 神社仏閣ごとにあまり知識のない花だが、父が小さな町の電気屋を営んでいることから商売繁盛祈願のために、地元のお稲荷さまを父と参拝したことがあった。


「せっかくだし、私達もつくものために参拝していきますか?」


 花は嬉々として八雲を見上げた。

 最初のうちこそ、つくもで働くことに抵抗を感じていた花だが、今ではあの場所を花なりに気に入っているのだ。


「もしかしたら、イケメンの狐の神様にも会えるかも……なんて」


 それはさすがに夢見がちなファンタジーだが、あながち無いとも言い切れないと花自身は考えていた。

 なんといっても、付喪神が熱海旅行をするのだ。

 よく聞くイケメンあやかしのひとりやふたり、会えてもなんの不思議もないだろう。


「……期待しているところ悪いが、そもそも稲荷神社の神は狐ではないぞ」

「え、そうなんですか?」

「狐は神の眷属(けんぞく)……つまり、神の使者だ。稲荷大神のご神名は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。あちらには狐などではなく、生命の根源を司る神様が祀られている」


 温度のない声でそう言った八雲は、どこか遠くを見るような目で社を眺めた。

 その目と声が、何か意味ありげに思えてしまった花は、真っすぐに均整の取れた横顔を見つめた。


「そ、そうだったんですね。でも商売繁盛の神様なら、やっぱり参拝したほうが……」


 言いかけて、口を噤む。

 不意にこちらを見た八雲の目が、酷く冷淡なものに変わっていたからだ。