「三月も始まったばかりなのだから、風が冷たいのは当然だろう」
身震いする花を見て呆れたように息を吐いた八雲は、着ていたライダースジャケットを脱ぐと花の肩へと無造作に乗せた。
「え……ダ、ダメですよ! これじゃあ八雲さんが寒いです!」
花は慌ててジャケットを返そうと見上げたが、八雲は視線で拒絶を示すとフッと口元に笑みを浮かべて言葉を続ける。
「いいから、着ていろ。ただでさえつくもは人手不足なのに、風邪でも引かれて仕事を休まれたら敵わないからな」
「……っ、」
不意打ちの笑顔に、花の頬には赤が差した。
傘姫の一件があって以降、八雲はこうして時折笑顔を見せるようになったのだが、花はそれに慣れるどころか意識ばかりして上手く受け流すことができない。
(滅多に笑わない人が笑うと、こんなにも破壊力があるなんて知らなかった……)
高鳴る鼓動に気がついた花は、赤くなった顔を隠すように視線を落として「ありがとうございます……」と呟いた。
肩にかけられたジャケットを手繰り寄せると、八雲のまとうムスクの香りが鼻先をかすめて余計に頬が熱くなる。
(まるで八雲さんに抱き締められているみたい……なんて)
心の中でひとりごちた花は、チラリと八雲の整った横顔を見上げた。
そもそも、八雲も私服に着替えてくるとは予想外だった。
現世に出掛けるのだから当然といえば当然なのかもしれないが、初めて見る八雲の洋服姿も破壊力が並ではない。



