「……仕方がないだろう、そうでもしないと弁天岩が納得しない」


 歯切れ悪く言う八雲に対し、花はフンッと鼻を鳴らすとほうき片手に仁王立ちした。


「私も行きます」


 堂々と宣言した花を前に、今度こそ八雲が狐につままれたような顔をする。


「仮にもし八雲さんひとりで行って、私が本当は八雲さんの嫁候補ではないとバレたら、ここにいられなくなって地獄行きになるのは他でもない私自身なんですから」


 要はすべてがバレたときに、誰が一番迷惑を被るかという話だ。

 八雲は、「じゃあ今度は本物の嫁探しをしなきゃね」で済むかもしれないが、花は地獄行きを避けられない。


「だから、私も行きます。ダッシュで支度してきますから、絶対絶対、ぜーーーったいに待っててくださいね!」


 念には念を入れて、ぽん太と黒桜に八雲を見張っているよう言付けた花は、急いで服を着替えに自室へと向かった。

 現世に出掛けるのは、ぽん太とちょう助と一緒に熱海観光をして以来だ。

 静寂に包まれた廊下には性急な足音がよく響き、窓の外では相変わらず鶯が鳴いていた。



 ♨ ♨ ♨



「まだ少し肌寒いですね……」


 初めてつくもに訪れた際に着ていた服に、約一ヶ月ぶりに袖を通した花は、迷った末にコートを置いて自室を出た。

 久方ぶりの現世では春の陽気が気持ちよく感じたが、時折吹く海風は冷たく頬を撫で、まだ春と呼ぶには尚早(しょうそう)だった。