「でも気は重いけど、行かないと納得してもらえないなら行くしかないですよね?」

「俺だけで行ってくるから、お前は来なくていい」


 と、悩みに悩んで出した花の答えを、不意に現れた八雲の声が遮った。


「や、八雲さん?」


 花が弾かれたように振り向くと、涅色(くりいろ)の着流しをまとった八雲が凜と立っていた。

 均整のとれた二重瞼の目に見つめられると、花は自分の心臓が甘く高鳴るのを感じる。

 それは傘姫の一件で、八雲の笑顔を初めて見て以来酷くなる一方で……。


(お、落ち着け、私の心臓……)


 花は邪念を振り払うように首を横に振ると、胸の前で拳をキュッと握り締めた。


「ちょうどいい機会だ。これから、ひとりで行ってくる」

「で、ですが八雲坊がひとりで弁天岩殿を訪ねても、嫁になる女性の顔を見せろという弁天岩殿の要望に答えたことにはなりませんよ」


 割って入った黒桜が説得を試みるが、八雲は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。